「名馬」を語る

「名馬」を語る · 2020/01/19
とあるところで、八兵衛さんと五郎兵衛さんが立ち話。 五「よお、はっつあん、この前はあんたのかかぁには世話になったな。よろしく言っておいてくれよ。ところでよ、POGの指名、なににすんのよ」 八「おお、ごろちゃん、それなんだけどよ、これにしようかと思ってさ」 五「おっ、どれどれ。あーそいつはいけねぇや」 八「なんでだよ」...

「名馬」を語る · 2019/12/21
緑・白襷・袖赤一本輪。 多くのオールドファンは、この勝負服を目にすると、ちょっとだけ背筋が伸びる思いを抱く。 登録者はシンボリ牧場。 野平祐二騎手とともに日本馬としてはじめて凱旋門賞に出走したスピードシンボリ、その野平調教師が手がけた気高き皇帝シンボリルドルフは岡部幸雄騎手を背に、日本競馬史上はじめて無敗でクラシック三冠を制した。...

「名馬」を語る · 2019/11/29
「エスポくん」   佐藤哲三騎手(当時)が勝利騎手インタビューでエスポワールシチーをあだ名で表現したことから、この名前は競馬ファンの間に広まった。幾多の名馬のなかでも愛称が『クンづけ』だった馬はあまり記憶にない。...

「名馬」を語る · 2019/11/07
「大外から何か1頭突っ込んでくる!」 数々の名実況を生み出してきた、杉本清アナウンサーが叫ぶ。 「トップガンきた!トップガンきた!トップガンきた!」 観衆が沸いた。叫び声や声援が膨れ上がる。 大外から、栗毛の馬体が猛然と追い込んできた。 「さあ差し切るか、やっぱり三強の争いか!?」...

「名馬」を語る · 2019/10/26
2018年12月28日。 例年以上の厳しい寒さを迎える中、私は中山競馬場にいた。その目的は競馬ファンなら言わずと知れたものだ。 2017年から2歳G1となった、ホープフルステークスである。 この時、単勝オッズで1.8倍という断トツ人気に推されたサートゥルナーリアが、4枠5番にゲートインを迎えようとしていた。 父は2013年度代表馬ロードカナロア。...

「名馬」を語る · 2019/10/19
血筋や生まれが特別ではなくとも努力で栄光を掴みとる……という物語には、胸を打たれるものがあります。 人間の世界に限らず、競馬でも然り。 今回はそうした馬たちの中でも特に、努力によって道を切りひらいたと言われている、一頭の名馬をご紹介します。 その名は、ミホノブルボン。 日本競馬に燦然たる功績を残した栗毛の名馬です。...

「名馬」を語る · 2019/10/04
彼はいつも、笑顔に囲まれていた。 彼の周りでは馬と人が、人と人が、堅い絆で結ばれていた。 そしてその愛らしい瞳に燃えるのは、決して諦めない闘志であった。

「名馬」を語る · 2019/08/12
平成後期の競馬界を支えた2頭のサラブレッドが、この世を去った。 キングカメハメハと、ディープインパクト。 ともにダービー馬であり、種牡馬としても多大なる功績を残した2頭だ。...

「名馬」を語る · 2019/07/13
「あなたが最も忌み嫌う四字熟語は何ですか?」 答えは様々あるだろうが、私は、こう答える。 「予後不良」と。 回復が極めて困難で、殺処分の処置が適当であると診断された状態を「予後不良」と呼ぶ。転じて、競馬においては「予後不良」は「安楽死」を暗に意味する言葉となっている。 2019年7月3日。...

「名馬」を語る · 2019/07/05
地方競馬で行われるダートグレード競走は、やはり中央競馬所属馬が優勢。地方競馬ファン・地方競馬所属馬にとって高いハードルとなります。だからこそ、地方競馬所属馬が活躍した時には、大いに盛り上がり、多くの賞賛を浴びることになります。今回はスパーキングレディーカップであわやの好走をし、その後、中央競馬所属馬相手に活躍していくことになったプルザトリガーについて書いていきます。 2005年NARグランプリ最優秀牝馬に輝いたプルザトリガーは、トゥインクルレディー賞、TCKディスタフ、そしてダートグレードGⅡのエンプレス杯も制した実績馬。 エンプレス杯では、グラップユアハートやレマーズガールといった、今まで負けていた中央競馬所属馬を破っての逃げ切り勝ちだっただけに、地方競馬ファンの盛り上がりは相当なものでした。鞍上の内田博幸騎手も大きくガッツポーズで喜びを表現したのが印象的な一戦です。 そんなプルザトリガーは、道営デビュー馬。2歳から3歳年明けまでに札幌・旭川・門別で7戦して、2勝。この7戦には、JRA札幌競馬場2歳500万下芝1000mのレースも含まれているのですが、なんとこのレースの勝ち馬は、あのアローキャリーでした。ちなみにこのレースはJRAのレースながら、11頭全てが地方競馬所属馬……さらには鞍上も全て地方競馬所属騎手という、かなり特殊なレース。当時、ちょっとした話題となったのを覚えています。 プルザトリガーはその後南関東へ移籍。 そこそこ人気はするもののなかなか勝てず、南関初勝利は移籍後7戦目の川崎競馬場・水芭蕉特別でした。 その後はたまに勝っては大敗の繰り返し……彼女が本格化するのは、船橋競馬場・めのう特別を勝利した頃からでした。 めのう特別1着→綺羅星特別4着→青海波特別1着→フェイスフルステッキ特別7着→アクアライン特別1着→初茜特別1着→アメジストスター賞8着→エイプリル特別1着→エメラルド特別1着→ジューン特別6着。 そして、2004年スパーキングレディーカップをむかえることになります。 私にとっては「プルザトリガーといったら田部和廣騎手」なのですが、アメジストスター賞以降は田部和廣騎手が乗ることはなく、内田博幸騎手が主戦騎手となります。

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