ブログカテゴリ:響斗七



2019/03/05
デビュー時の馬体重、438kg。 そこから丸4年国内外で走り続け、引退レースでの馬体重は442kgだった。 彼は基本的に神経質な性格だったというから、その影響もあって目方が増えなかったのかも知れない。 鹿毛の馬体に“社台カラー”の縦縞メンコ。メンコの穴から時折覗かせる目を剥いたような表情は、見る者に彼の神経の鋭さを強く印象付けた。...

2019/02/26
2008年3月4日。 5歳牝馬アドマイヤキッスは右第3中手骨の骨折加療中に馬房で暴れた際、同じ部位を開放骨折──それは、手の施しようの無い重症であり、すみやかに安楽死の処置がとられた。 すでに重賞4勝を挙げていた、当時の現役で有数の名牝。彼女が長いトンネルを抜けて復活を遂げた京都牝馬Sから、僅か30日後の出来事だった。...

2019/02/19
競走馬における生来の気難しさというか、いわゆる「癇性(かんしょう)」……もっと言えば「狂気」と呼ばれる類の難儀な性格は、代を経ても失われずに子孫に受け継がれることがままある。 有名なのは、かの詩人・寺山修司が「一族の呪い」と形容した種牡馬モンタヴァルのファミリーだろうか。...

2019/02/12
1997年2月16日、この年に中央競馬史上初のダートG1に昇格したフェブラリーS。 その日は典型的な不良の泥田馬場だった。 直線半ば、コースの最内を通ったシンコウウインディがバトルラインを交わし切り、外から伸びる1番人気ストーンステッパーに勢い良く競り掛ける。...

2019/02/05
調教師「田島良保」という名前を耳にしたとして、同氏の管理した競走馬が頭に思い浮かぶ方は、もしかすると少数派かもしれない。...

2019/01/29
──例えるならば、長嶋監督時代の読売ジャイアンツの松井秀喜と高橋由伸、あるいは今はなき大阪近鉄バファローズ「いてまえ打線」の主軸タフィ・ローズとフィル・クラークといったところか。 1着同着でもない限り必ず決着がつく競馬というスポーツにおいて、両雄が並び立つケースはあまり多くない。...

2019/01/22
東京のダート1400mコースで施行されるG3・根岸Sの勝ち馬というと、3週後のG1・フェブラリーSもそのままの勢いで連勝するような強豪揃い……というイメージが近年強くなってきている。 だが、2000年以前の条件は東京ダート1200m、且つ施行時期が11月前半だったということもあって、勝ち馬のラインナップはかなり趣が異なる。...

2019/01/15
凱歌が揚がった瞬間、中山競馬場は大きな歓声に包まれた。 方々で拍手の音も聞こえる。...

2019/01/08
時は平成9年(西暦1997年)のことである。 三冠馬ナリタブライアンや女傑ヒシアマゾンといった『スターホース』が競馬場を去り、中央競馬界に“スーパーサイアー”サンデーサイレンスの時代が到来していた頃。...

2019/01/01
今も昔も、桜花賞馬はどうにも儚いというか、散り急ぐというか……要は活躍期間が短めの馬が多いというイメージがある。こう思っているのは私だけでは無いのではないだろうか。...