桜花賞物語

さまざまな場面で、新たな出会いが待ち受けているこの季節。

 

真新しいクラシックホースとの出会いもまた、我々競馬ファンの心を強く揺さぶる。

 

 

競走馬は早い馬で2歳の夏にデビューを迎え、このクラシックを第一目標に戦いを重ねる。

 

「クラシック」とは、競走馬の一生涯のうち、自身が「3歳」である一年間に、一度ずつしか出走することが許されないG1競走のことである。つまりは一生に一度の晴れ舞台なのだ。

 

 

その中でも最初に行われるのが、「桜花賞」。

 

3歳の牝馬。女子限定の戦いだ。

 

競馬ファンにとっては、予想力とともに、一番難しい時期の女の子たちの心を読み解く力も試される。

 

 

毎年のメンバーを見ると、その顔ぶれはまさに千紫万紅。

 

桜並木を背景に繰り広げられる熱く華やかな戦い。それこそが桜花賞なのである。

 

 

今回紹介する第74回桜花賞は、その中でも一際注目を集める二頭の女の子が居た。

 

その馬の名は「ハープスター」と「レッドリヴェール」。

 

桜花賞で熱戦を演じることとなる二騎はすでに、デビュー間もない2歳の頃からその素質を最大限に発揮していた。

 

 

「新潟2歳ステークス」を直線ごぼう抜きという、若馬らしからぬ圧勝劇で制したハープスターは兼ねてから注目を集め、

 

対するレッドリヴェールは、稀に見る“超”泥んこ馬場で行われた「札幌2歳ステークス」を完勝し、

 

年末に行われる2歳女王決定戦「阪神ジュベナイルフィリーズ」へそれぞれ、土付かずのまま駒を進めた。

 

結果は僅かハナ差で、レッドリヴェールに軍配が上がり、その年の二歳女王の座を手に入れた。

 

対するハープスターは圧倒的な人気を裏切り、初めてその戦歴に傷が付く形となった。

 

 

年が明けて3歳。前哨戦である「チューリップ賞」を圧巻の内容で制したハープスターの陣営には、

 

どうしても桜花賞を獲りたいという強い想いがあった。

 

無論、前年末に負かされたレッドリヴェールとの再戦という点も大いにあるが、それ以上に大切なもの。

 

それは、ハープスターを管理している松田博資調教師への“餞”だ。

 

残り1年あまりで定年を迎える松田調教師にとっても、「松田厩舎」として残されたG1制覇への数少ないチャンスである。

 

さらに、ハープスターには、20年以上前に松田厩舎に所属し、桜花賞などG1を2勝した名牝「ベガ」を祖母にもつ、厩舎ゆかりの血統馬なのである。

 

ゆえに、並々ならない想いを背負って送り出された桜花賞であった。

 

ライバルであるレッドリヴェールは、年末に制した阪神ジュベナイルフィリーズから、桜花賞へ直行となっていた。

 

レッドリヴェールにとっては順調さを欠いた、ぶっつけ本番での大舞台とあって、前評判は一走挟んだ強みのあるハープスターに集中した。

 

 

 

2014年4月13日。

 

仁川、阪神競馬場。

 

週の中間に雨はなく、馬場は絶好の良馬場。

 

例年より晴れすぎたせいなのか、スタート地点の桜の木はその花を何とか、この瞬間まで残しているような、生命の力強さを思わせた。

 

緑の帽子、赤い勝負服、「12」番がレッドリヴェール。鞍上は関東の星、戸崎圭太。

 

対して、桃色の帽子、黄色い手綱、「18」番がハープスター。

 

馬上には、松田博資と師弟関係にある、川田将雅。

 

 

……女王の意地か、リベンジで無冠返上か。

 

もちろん競馬は二頭だけのものではない。「勝つのは二強じゃない」そんな予想家も多く居た。

 

他の16頭にも勝てる可能性は大いにある。

 

それでもなお、ハープスターは単勝1.2倍という圧倒的な支持を受けた。

 

 

芝コース、1600メートル。

 

生演奏のファンファーレ、大歓声によって、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

スタートとともに、二頭は馬群の後方集団へ控えていった。力をためて、直線勝負に賭ける。

 

先手を奪ったのは伏兵の「フクノドリーム」だった。

 

スタートダッシュ。初めはいつも通りの逃げに思われた、その先行策。

 

しかし、その逃げは、二強だけに舞台を奪わせまいとする「奇策」の序章に過ぎなかった。

 

最初のコーナーを迎える。皆思い思いの位置取りを取って、虎視眈々と先を見据える。

 

ずらっと隊列を前から後ろまで眺める。そして、ふと先頭に目をやると、あっけに取られる。

 

それは、ただの「逃げ」ではなかった。

 

後続に10馬身11馬身……大きな差をつけた一世一代の「大逃げ」である。

 

 

場内がどよめく、ほぼ同時に歓声に変わる。

 

 

最後のカーブを回ったところで、フクノドリームのリードは十分に思われた。

 

二頭の位置取りを見る、否、あの位置からでは厳しいか。

 

 

最後の直線へと入る。レッドリヴェールは徐々に進出。ハープスターはなんと最後方。

 

厳しいか。

 

届くのか。

 

45000の歓声が一瞬の沈黙へと変化する。

 

 

直線の半ば、横いっぱいに広がった一番外から、ピンクの帽子が弾け飛ぶ、ハープスターだ。

 

みるみる前との差が詰まる。

 

「待ってたぞ」そうとばかりにレッドリヴェールが上がる。

 

 

「やっぱり、二頭だ!」誰もがそう心中で叫んだ。

 

その直線は一瞬のようで、長いスローモーションのような感覚だ。

 

息を呑む。

 

一番外から、ほんの数十秒前、あれだけ絶望的な位置に居たハープスターが、先頭を奪った。

 

レッドリヴェールの必死の抵抗は、僅か一呼吸に過ぎなかった。

 

「ハープスターだ!ゴールイン!」

 

実況の声に導かれるように、先頭を駆けた、大外枠を示す「18」番のゼッケン。

 

馬上の川田騎手は、その強さを全身で噛み締めるように、首筋をポンポンと二回やわらかく叩いた。

 

ライバルへリベンジを果たした喜び。

 

一番人気という大きな責任からの開放。

 

一頭と一人の、一つの戦いへのピリオドは、それだけで十分であった。

 

 

二着のレッドリヴェールも、もちろん三着へ加わった「ヌーヴォレコルト」も。

 

全ての馬が全力を出し切った結果だった。

 

 

直線へ向いたときの、皆が感じた不安感も。

 

差し切った二強の強さに対する、衝撃も。

 

あの日、あの時、あの瞬間の桜の記憶は、熱狂の1分33秒3。

 

今尚、桜花賞レコードとして、記録に残り続ける。

 

 

3歳牝馬。

 

若くあどけない少女たちが、その瞬間の全てを投じて戦う僅か1マイルの戦い。

 

一冠目をかけて、内に秘めたる熱い闘志が、今年も仁川の舞台でぶつかり合う。




文・アリオン