皐月賞回顧

今回は「牡馬クラシック」つまりは、「牡馬三冠」の開幕戦となる、『皐月賞』のお話です。



最近の『皐月賞』勝ち馬を振り返ると、

2011年の「オルフェーヴル」がこのレースを皮切りに三冠を達成。

2012年の「ゴールドシップ」は、『菊花賞』との二冠を達成し、この年の『有馬記念』も制覇。

昨年の勝ち馬「ドゥラメンテ」も『東京優駿(日本ダービー)』との二冠を達成。怪我で三冠目は出走が叶わなかったが、復帰後は、現役トップクラスの走りで今もファンを魅了している。

このように近年の勝ち馬を振り返ると、比較的『一強』という形で、圧倒的な主役が居た時代が続いたように思える。


そんな中で、私が今回ご紹介したいのは2010年の皐月賞。

この年のクラシック世代は、レース前から既に、まるで今年のような大激戦ムードであった。

メンバーを人気順に振り返ってみても、そこには名だたる重賞ウィナーが顔を揃える。


『新馬戦』で2着に敗れ、『未勝利戦』の初勝利をきっかけに2000mで、

『弥生賞』など重賞を含む4連勝を飾った「ヴィクトワールピサ」を筆頭に、

デビュー無敗の3連勝で、前年の『朝日杯フューチュリティステークス』を制した、世代唯一のG1馬「ローズキングダム」。

『共同通信杯』3着から、前哨戦の『スプリングステークス』にて、横山典弘との初コンビで逃げ切りを決めた「アリゼオ」。

『デイリー杯2歳ステークス』での2着を皮切りに、重賞で4戦連続連対の安定感を誇る「エイシンアポロン」。

他にも、3連勝で『共同通信杯』を制した「ハンソデバンド」や、

『きさらぎ賞』を勝った「ネオヴァンドーム」、

年明けに『皐月賞』と全く同じ舞台、中山芝2000mで行われる『京成杯』を制した「エイシンフラッシュ」や、前哨戦の『若葉ステークス』で一番人気2着のリベンジを図る「ヒルノダムール」など、

かなり豪華なメンバーだったと言えよう。


一番人気を集めたのは『ラジオNIKKEI杯2歳ステークス』、『弥生賞』と重賞二連勝中の「ヴィクトワールピサ」。

しかし、彼を、戦前に一つの大きなアクシデントが襲う。

それは、それまでデビューから全てでコンビを組んだ武豊騎手の、『毎日杯』での落馬負傷による戦線離脱である。

代役として抜擢されたのは、前年、「アンライバルド」で皐月賞を制した岩田康誠。

この急遽決まった交代を不安視する声も、競馬サークルのあちらこちらから聞こえた。


期待と緊張が高まる中、ファンファーレが鳴り響く。

正面スタンド前からのスタート。

ファンの歓声、そして出走各馬の緊張感が入り混じった、G1独特の雰囲気の中、ゲートが開く。


スタートは揃ったように思われたが、ただ一頭の芦毛馬「レーヴドリアン」が後方に遅れた。

他は揃った飛び出しを見せる。


ダートで勝ち上がってきた「バーディバーディ」と、

スプリングステークスを人気薄で権利を奪った「ゲシュタルト」。内のほうからまず二頭が先行策を仕掛ける。

それに伴って、後続の隊列が固まる。

大歓声を真左から受けて、各馬が最初のコーナーへ差し掛かる。

週中間の雨が残り、まだ土が飛ぶ、僅か湿った芝コース。

そんな中、一番人気の「ヴィクトワールピサ」は、後方内に控えた。


馬群は向こう正面へ突入する。

どよめいていたスタンドが、ここで落ち着く。

「バーディバーディ」がしっかりと先手を奪う。

人気を分けた「ヴィクトワールピサ」、「ローズキングダム」はともに中団。

その一歩前に「アリゼオ」。


第3コーナーを目前にして、「ヴィクトワールピサ」が最内から、前へと動いていく。

トリッキーな中山競馬場。

3~4コーナーの小回りを、

各馬少しずつ、少しずつ、ピッチを上げながら直線へ近づいていく。


先頭集団の入れ替えはほとんどなく、直線コースへ入る。

「バーディバーディ」「ゲシュタルト」。ともに、リードが無くなる。

外から、「アリゼオ」、「エイシンアポロン」がねじ伏せようと先頭に並びかける。

そして、人気馬「ローズキングダム」が追ってくる。

各馬、一気に強襲する。

これらの勢いで、“勝負あった”ように見えた。

 

しかし、その瞬間。

誰も突かない、一番内。

最高のポジションから、オレンジの帽子が弾ける。

「ヴィクトワールピサ」だ。

 

鞍上の激しいアクション。

一完歩ごとに、後続馬との差が開く。

誰にも邪魔をさせない。

何よりもその力強さこそが、『世代最速の証明』だった。

 

ゴールに近づくにつれ、二着は3頭が広がる大激戦となる。

それらを後目に、「ヴィクトワールピサ」と岩田康誠が一冠目を掴み取った。

 

左手を大きく、スタンドへ突き上げた後、

何度も、何度も、ガッツポーズを見せた。

馬上で喜びを爆発させた岩田康誠にとって、二年連続二度目の皐月賞制覇となった。

 

しかし、その喜びは、前年に感じたそれとは、また違う。

 

今回は、ぶっつけ本番。

突然に飛び込んだ騎乗依頼である。

 

言葉にするのは簡単であるが、彼自身を襲っていたプレッシャーは尋常なものでないだろう。

ましてや一番人気の有力馬。

馬にとっても“一生”誇れる晴れの舞台。

自らを指名してくれたオーナーへ、何としてもプレゼントしたい“一勝”でもあった。

 

大仕事をやり遂げた安堵から、ゴール後も、目には涙を浮かべていた。

 

開催が進み、傷んでしまっている馬場の内目。

雨が残り、水分を含んだ馬場の外目。

考えに考えた末、少しでも乾いた内を。

それが鞍上の導き出した結論だった。

最後まで馬の力を信じ、無我夢中で追い続けた。

「豊さんが、この馬に(競馬を)仕込んでくれていたことが、心強かった。」

その言葉を何より大事に語っているように感じられた。

 

ここまで育て上げてきた厩舎や、

何よりデビューから当馬と苦楽を共にしてきた武豊騎手。

それぞれのあらゆる想いを背負っているからこそ、自分自身を極限まで追い詰めたのだろう。

 

「競馬の神様は、存在する。」

私自身の目に、このレースはそう映った。

 

競馬は勝ちたいという“気持ち”だけでは、無論勝てるわけでない。

ただ、本当に最後の最後。

大混戦の中で、

“勝利”をぐっと近づける決定打は、“気持ち”に左右されるのかもしれない。

 

その後、ヴィクトワールピサは、ダービーにて、エイシンフラッシュにリベンジを果たされ、二冠達成とはならなかった。

その後は、海外の主要競走へ積極的な参戦姿勢を見せ、フランス・ロンシャン競馬場で行われる『凱旋門賞』では、海外のあらゆる世代の強豪18頭を相手に7着ではあったが、遠征による豊かな経験を積んだ。

2ヵ月後の『有馬記念』では、その成長を発揮し、日本の年上馬を退けて、見事この年G1V2を飾り、この年の【最優秀3歳牡馬】に選出された。

 

年は明けて2011年春には、ドバイ・メイダン競馬場で行われる世界最高賞金のG1『ドバイワールドカップ』へと参戦する。

ここにも、世界各国の強豪馬たちが顔をそろえた。

「ヴィクトワールピサ」と同じく、日本から出走した一歳年上の「トランセンド」が先頭でレースを率いる中、

先頭をじっくりと見据えるポジションでレースを進め、最後の直線では、初めてのダートコースを物ともせず、「トランセンド」に並びかける。

世界の強豪が3番手以下で苦しんでいる中、日本馬二頭でのマッチレースとなった。

最後は「ヴィクトワールピサ」が、粘る「トランセンド」を、得意の底力で僅かに差し切った。

日本馬として初めての『ドバイワールドカップ』制覇は、

この年、東日本を襲った未曾有の大災害により、深い悲しみの中にあった日本中を

確かに勇気付ける、夢と希望の勝利となった。

現役生活は僅か3年にとどまったが、彼の勇姿は今なお、我々競馬ファンの心に強く刻まれている。

そして、彼の果たせなかったダービー制覇の偉業へ向かって、今度は彼の子ども達が、挑み続けていくことになるだろう……。

 

 

中山競馬場の春の締めくくりとなる明日の開催。

しかしながら、3歳馬たちの激闘は、その始まりを告げる『皐月賞』。

今年も、ゴールするまでは正解のわからない最高の闘いが期待できそうだ。

 

 

 

 

 

……あとがき。

 

この記事のオファーをいただいたのは実に、桜花賞前日であった。

毎回スポットライトを当てる一頭を決めてから取り掛かることにしているのだが、

既にその時点で「ヴィクトワールピサ」の記事を書こうと考えていた。

 

すると、どうだろう。

前述の桜花賞で、その娘である「ジュエラー」が勝ってしまうのだから、不思議なものだ。(笑)

やはり、「競馬の神様は、存在する。」……のかもしれない……。

 

 

 文・アリオン