サナシオン~翡翠の輝き、失わぬまま~

一際目を惹く、華麗な飛越。スピードに乗った、軽快な走り。一瞬にして、目を奪われた。一瞬にして、その飛越の虜になった。

障害馬サナシオン。
母ジェダイト(=翡翠)の宝石言葉である「癒し」を名に持つ障害競走馬。翡翠は時として武器としても用いられる。彼もまた、飛越すべき障害へ果敢に向かっていくーーそんなスピードジャンパーであった。


私は幾度となく、その飛越に感銘を受けた。主戦・西谷誠騎手の美しい騎乗も相まって、成功した時の飛越はどの角度から切り取っても絵になる。その勇姿が脳裏に焼き付いて離れない、あまりにも華麗な障害競走馬だった。

サナシオンの飛越が話題に上る際、ファンは
「安定感をスピードが勝っていて、ハラハラする」
「スピードに乗った華麗な飛越」
など、同じ飛越に対して十人十色の評価をする。
彼は、磨くほどに光るセンスの塊。翡翠の原石であった。

時折見せる、その危うさ。
J-G1で最後に差されてしまう。時折、勢いに任せたような飛越を見せる。ヒヤリとする場面も1度や2度ではなかった。
しかし彼は落馬をした事もなければ、9戦7勝、2着1回、3着1回の安定した成績を残している。危うさを垣間見せながらも、安定感があった。

勝つ事はできなかったものの、2度のJ-G1での単勝1倍台の一番人気。その飛越や脚質において際立つ個性になぜか目が離せない、注目の的。
レースが終われば、その姿を収めた沢山の写真が瞬く間にファンの間で公開される。


そんな彼の障害転向は、平地での頭打ちによるもので、陣営が少なからず悩んでのものだった。
しかし蓋を開ければ、飛越が初めから抜群に巧いとの評価。レコードを叩き出しての衝撃デビュー。
そして瞬く間にスター障害馬への階段を登り詰め、天性のスピードを武器に2つのJ-G2タイトルを手にした。

2015東京ハイジャンプ、2016阪神スプリングジャンプ。
そして、2つのコースレコードに、1つのレースレコード。

「天才」
とも評され、鮮やかな勝ち方を収めるサナシオン。
「彼は素人目に見ても半端じゃない」
と、障害レースに引き込まれるファンもいた。
「サナシオンの飛越のように、逆境を軽々と乗り越えたいな」
と、彼に憧れたファンもいた。

しかし飛越の華は、華麗なばかりではない。
中山グランドJから秋陽ジャンプSまでの長期放牧中、彼は人知れず、闘っていた。
右前脚球節の、靭帯炎。
再び、一からのスタートとなった。

そしてサナシオンはそのような舞台裏を感じさせないほど輝きを増し、私達の前に帰ってきた。
競走馬は、夢を見せる存在。
その言葉を身をもって示すサナシオンは、舞台裏を、陰の苦労を見せない。

小雨の中で行われた、2016秋陽ジャンプS。
障害馬としては華奢な身体に63kgの斤量を背負いながら、障害飛越のたびにリードを広げ、広い府中を1人旅。最後は手綱を抑えながらの圧勝だった。

それから程なくして、突然の引退が発表された。右前脚の屈腱炎であった。
翡翠の輝きを失わぬまま。
「ラストラン」を圧勝で飾り、周囲の中山大障害への期待を膨らませ、そして「どれほど強かったのだろう」といった永遠の謎と鮮烈な記憶を残し、ターフを去った。

「もっと見ていたかった」そんなファンの声をよそに、最後までマイペースを貫いた。
散り際の美しい、飛越の華。
何とも彼らしい競走生活の幕引きではないだろうか。

そんな天才スピードジャンパーは、ノーザンホースパークにて乗馬となる。競走馬時代に得る事のできなかったものの欠片を、これから集めるのだろう。それは他でもない彼が、その手で掴んだ余生である。
彼はもう、競走馬としてのスピードを誇る飛越を魅せる事はない。
しかし、限界を迎えるまで戦い抜いた彼にとって、その必要などないのだ。

幾多の名馬にもその影をも踏ませなかった、手の届かない、どこか謎に満ちたサナシオン。
そんな彼が「いつでも会いに行ける存在」となる。馬術での活躍が期待できる。引退時に数々のファンに与えた寂しさ以上に、様々な楽しみを与えてくれる。
更にファンにとって一番の願い……「引退後の余生」をも叶えてくれた。
そのために尽力してくださる関係者の皆様には、感謝してもし切れない。


ひときわ目を惹く飛越に心が揺さぶられた、サナシオンの数々のレース。彼の飛越には解説など、入り込む余地すらない。いや、そのあまりにも華麗な飛越に解説を加える事など、私にはできない。

永遠に輝きを失わぬ、その翡翠。
サナシオンは、あまりにも華麗な飛越の華であった。

文・川井旭

写真・がんぐろちゃん