2016年のクラシック競走では、多くのドラマを見ることが出来た。貴重な時間を体感させてくれた出走馬の陣営全員には拍手を送らせていただきたい。

そして2016年は、例年に比べてハイレベルとも言われた3歳馬豊作の年でもあった。リオンディーズ、エアスピネル、マカヒキ、ディーマジェスティ、サトノダイヤモンド、メジャーエンブレム、シンハライト、ジュエラー、チェッキーノ、ロードクエスト、レインボーライン、ソルヴェイグ、シュウジ、ブランボヌール、ヴィブロス、ラニ、キョウエイギアなどが顔をそろえる。「最強世代」と呼ばれている事に違和感はない。これと言った強い馬をこんなにも沢山挙げられる世代は、近年ではなかなか見られない。今回は2016年のクラシック競走を各レース毎に振り返る。尚、本来のクラシック競走は桜花賞、皐月賞、オークス、ダービー、菊花賞の5つであるが、ここではあえて秋華賞も加えて回顧していきたい。


2歳女王、まさかの敗戦 そして5cm差の決着

2016年のクラシックは、牝馬クラシック第1弾である桜花賞を迎えて幕を開けた。

このレースでは前哨戦のクイーンCを5馬身差で逃げ切った2歳女王、メジャーエンブレムがどんな強さを見せつけるのかに注目が集まっていた。しかし、ライバルたちも層が厚かった。チューリップ賞からはデッドヒートを演じたシンハライトとジュエラー、別路線のフィリーズレビューからは差し切り勝ちを収めたソルヴェイグ、上がり最速のアットザシーサイドなどが参戦し、虎視眈々と勝利を狙っていた。

メジャーエンブレムの持ち味と言えば、好スタートから先手を取る先行力。しかしここ桜花賞ではそのスタートが不発に終わってしまう。

この状況を見た他の先行馬達が、「メジャーエンブレム包囲網」を作り上げる。更に追い討ちをかけるように半マイル通過タイムが47秒1と、メジャーエンブレム自身にとって最も嫌う展開を余儀なくされた。その包囲網を崩そうと試みる。しかしなかなか進路が空かない。

必死に進路をこじ開けたが……

既に最後の直線の半ばに差し掛かっており、シンハライト、ジュエラー、アットザシーサイドが抜け出していた。

もはや時既に遅しであった。

最後の急坂を終えてもシンハライトが先頭。アットザシーサイドは伸びあぐねていた。このままシンハライトの1冠目かと思われた残り100m、以前チューリップ賞でシンハライトとデッドヒートを繰り広げていたジュエラーが飛んできた。ぐんぐんと差を詰める。その差は1馬身半、半馬身と一気に追い込んで、馬体が並んだところがゴール板だった。

入線後、ジュエラーの鞍上デムーロ騎手は検量室前で両手を上げていた。まだ写真判定の結果が出る前にである。余程、自信があったのかもしれない。

それがたった5センチの差だったとしても。

そしてその確信を持つ原動力となったのが、チューリップ賞で味わった悔しさだったのではないかと感じる。

追込一閃で突き抜け掴んだ最強世代のマジェスティ

牡馬クラシックの第一冠目である皐月賞は、早朝から大荒れの空模様であった。

台風のような風の強さと大雨により、平場のレースでもペース配分を読めずに荒れに荒れた非常に難しいレースが続く。

皐月賞の時は快晴になっていたが、風は強く、どういったレース展開になるのかが読みにくい1戦でもあった。

このレースには弥生賞組のマカヒキ、リオンディーズ、エアスピネル、きさらぎ賞圧勝のサトノダイヤモンド、共同通信杯圧勝のディーマジェスティ、スプリングS組のマウントロブソン、ロードクエストなどが参戦し、史上稀に観る最強世代の対決が注目されていた。

レースではリスペクトアースがハナを叩き、リオンディーズが2番手につける。エアスピネル、サトノダイヤモンド、ロードクエストなどは中団、ディーマジェスティ、マカヒキは後方に構えていた。

1000m通過タイムは58秒4。超ハイペースであった。仕掛けるのはかなりギリギリまで我慢しなくてはならない、と感じた人も多かったのではないだろうか。

しかし3コーナー手前でリオンディーズが一気に仕掛け、先頭に立ったのだ。これに乗じて他の先行馬も仕掛けにいく。その中にはエアスピネル、サトノダイヤモンドもいた。ディーマジェスティ、マカヒキはまだ仕掛けない。リオンディーズ先頭のまま最後の直線へ。外からエアスピネル、サトノダイヤモンドが伸びてくる。最後の急坂に差し掛かった時、リオンディーズがデムーロ騎手の右鞭により外へ大きくよれ、エアスピネルとサトノダイヤモンドに激突。これにより、エアスピネルはリオンディーズとサトノダイヤモンドの2頭に挟まれ不利を受けて伸びあぐねてしまった。

だが、他の2頭も最後の急坂で完全に脚が無くなっていた。

そこに、矢のような走りで前3頭をいとも簡単に抜き去った馬が前後2頭。ディーマジェスティとマカヒキである。豪快に抜き去り、蛯名騎手のアクションに応えて見事栄光のゴールへ。あまりにも鮮烈な勝ち方、そして特殊なレース展開に、「まるでゲームのようだ」「漫画の世界そのものを見ているようだった」などと、勝ったディーマジェスティだけではなく、2着以降の馬に対しても褒め称えるレースだった事は揺るぎない事実だろう。しかし、4位入線のリオンディーズは、先に述べた激突により、降着。後味の悪い1戦でもあった。

ライバルへ捧げる文句無しの圧勝劇

チューリップ賞、桜花賞で繰り広げられたデッドヒートの続きがこの樫の舞台で繰り広げられる筈だった。

しかし桜花賞後に、シンハライトにとって因縁のライバルであるジュエラーの骨折が判明。桜花賞で1番人気だったメジャーエンブレも別路線のNHKマイルCに出走後、長期休養に入っていた。ライバル不在により、シンハライトは絶対に勝たなければならない状況となったのである。対する打倒シンハライトの勢力は、フローラSで上がり最速を共に叩き出したチェッキーノとビッシュ、桜花賞組、フラワーC勝ち馬のエンジェルフェイスなどと、ジュエラー不在でも中身の濃い1戦となった。

レースではダンツペンダントがハナを叩き、エンジェルフェイスが2番手、そしてロッテンマイヤー、アウェイク、ビッシュ、レッドアヴァンセ、チェッキーノ、シンハライトの順で縦長の展開となった。1000m通過タイムは59秒1だったが、これは2ハロン目だけが10秒7で残りは12秒台という乱ペースになった。

最後の直線で早くもエンジェルフェイスが先頭。各馬横一杯に広がっての追い比べは、まずビッシュが抜け出しを計る。坂を登って追いすがるペプチドサプルを振り切って先頭に立つが、大外からチェッキーノが追い込んで先に抜け出したビッシュに並びかけ先頭に変わろうとしていたその時だった。

ペプチドサプルが前で壁となって外でも壁になっていたデンコウアンジュを弾き飛ばした池添騎手鞍上のシンハライトが物凄い末脚を発揮して飛んできた。

この時既に残り100m。そのたった100mで様相がガラリと一変した。抜け出しを計るチェッキーノをアッサリと交わし3歳牝馬の頂点に立った。桜花賞で味わった屈辱。そのライバルが不在の中でも、圧倒的な存在感を発揮した。これで秋への楽しみがますます深まった1戦でもあった。

父と同じ勝負服で親子制覇、新ダービージョッキー誕生

以前、私が「ダービー本命馬はこれだ!-4頭目-」で書かせて頂いた事がある思い出のレース、日本ダービー。このレースでは皐月賞組に加えて、京都新聞杯で差し切ったスマートオーディン、青葉賞組のヴァンキッシュラン、レッドエルディスト、プロディガルサン、プリンシパルS組のアジュールローズなど、世間でも史上最強のダービー候補にあげられるなど、熱戦が期待されていた。

レースではマイネルハニーがハナを叩き、プロフェット、アグネスフォルテが鈴を付けに行く。その後ろにエアスピネルとプロディガルサン、アジュールローズがつけて、サトノダイヤモンドとマカヒキが並んで脚を溜める。その後ろにディーマジェスティ、更に後方で私の本命馬であるリオンディーズがつけていた。

この後方待機策が裏目に出たリオンディーズは、最後の直線で先に抜け出したエアスピネルさえも捕えられずに5着で終わってしまう。その最後の直線、エアスピネルが前を捉えて先頭に立つ。そして一気に他の先行馬を突き放しにかかる。その差は1馬身、1馬身半と少しずつ広がっていく。皐月賞の無念を遂に晴らすか……と思いきや、外から飛んできた3頭のディープインパクト産駒にあっという間に飲み込まれた。

マカヒキ、サトノダイヤモンド、ディーマジェスティの、皐月賞上位独占組だった。

3頭が抜け出した後は壮絶なデッドヒート。マカヒキ鞍上川田騎手、サトノダイヤモンド鞍上ルメール騎手、ディーマジェスティ鞍上蛯名騎手の追い比べは観る者を熱くさせた。その中で1度抜け出したのはマカヒキだった。しかしサトノダイヤモンドも持ち前の勝負根性でマカヒキに並びかける。そしてディーマジェスティも鬼脚を繰り出して追いすがる。3頭の鞍上は共に初のダービージョッキーの称号をかけてゴール板を駆け抜けた。

ターフビジョンのスロー映像では、マカヒキとサトノダイヤモンドの鼻面がピタリと並んでいる姿が写し出されていた。ディーマジェスティは半馬身及ばずの3着に終わった。どちらが世代の頂点に立ったのかはまだ分からなかった。2頭は揃ってダートコースを走り先にサトノダイヤモンドが地下馬道に差し掛かろうとしたその時、1着の掲示板に「3」の文字が灯された。

その瞬間、マカヒキの鞍上川田騎手は馬上で涙を堪える事は出来なかった。これが10度目のダービー挑戦。見事に競り勝って掴んだダービージョッキーの称号を噛み締めていた。

敗れたサトノダイヤモンドやディーマジェスティも素晴らしいレースをしてくれた。この年の日本ダービーは後に多く語り継がれる事だろう。

樫の女王、マイルチャンピオン、打倒シンハライト本命無念の離脱。混戦の中紫苑Sの雪辱晴らす

夏の真っ只中、クイーンSに出走予定となっていたチェッキーノが屈腱炎を発症し離脱。同じ頃にはNHKマイルCで復活を遂げたメジャーエンブレムが筋肉を痛め年内休養が決定。この頃から、3歳馬に不穏な空気が渦巻いていた。夏を越して前哨戦のローズSでは、重馬場でも関わらず上がり最速の切れ味を発揮したシンハライトが逃げたクロコスミアを捉えて秋華賞へ順調な滑り出しだった。しかし強過ぎるが故なのだろうか。シンハライトはその後屈腱炎を発症してしまったのである。(なおシンハライトは11月16日に引退を表明。夢は産駒へと受け継がれた)

ライバルであるジュエラーと変わりばんこのような形になってしまったが、ジュエラー自身もローズSでは骨折開けなのかあまり良くない内容だった為、秋華賞は混戦ムードになっていた。

一方紫苑S組は至って順調そのもの。3角の不利を受けてもなお伸びてきたヴィブロスとそれを尻目に先に抜け出して勝ったビッシュの対決が見どころだった。

レースではローズS2着馬のクロコスミアがハナを切り、以下ラジオNIKKEI2着ダイワドレッサー、エンジェルフェイスやパールコード、カイザーバル、レッドアヴァンセ、ジュエラー、ヴィブロス、ビッシュなどと続いていく。

1000m通過タイムは59秒9とスローペースに落とした。この流れをみて3コーナーでビッシュが早めに仕掛ける。しかし、この早仕掛けが後に仇となる。この時、鞍上の戸崎騎手は思い切って追い出さず、中途半端な追い上げ方をしてしまった。その動きを予測していたかのように集団もビッシュに合わせてスピードを上げる。この時点でビッシュは、万事休すであった。

最後の直線。クロコスミアが逃げる。追うカイザーバルとパールコード。その2頭の間を突いてジュエラーが追い込む。逃げるクロコスミアを交わして3頭のデッドヒート。その外から究極の切れ味で飛んできた馬が、紫苑Sで不利を受けての2着だったヴィブロスである。まさに交わすならここしかないという、計ったような形で前3頭を差し切ったのである。ヴィブロス鞍上の福永騎手が満点、いや120点の騎乗をした、そんな印象を残した秋華賞であった。

皐月3着、ダービー2着、遂に咲かせた菊の花

秋、三歳牡馬戦線でも1頭、無念のリタイアをした馬がいた。リオンディーズである。1族の宿命とも言える体質の弱さが露呈してしまった。そのリオンディーズに皐月賞で不利を受けての3着、日本ダービーではマカヒキとの競り合いによりたった8cm差で涙を飲んだ。これらの悔しさをバネに前哨戦の神戸新聞杯を制した馬、サトノダイヤモンドが今回の主役だ。ダービーで惜しくも負けた相手であるマカヒキは凱旋門賞挑戦のため不在だったが、皐月賞で鮮烈な勝ち方をしてセントライト記念でも完勝したディーマジェスティとの対決が注目された。この他にも、神戸新聞杯組からは、レッドエルディストとエアスピネル、ミッキーロケット。セントライト記念からはプロディガルサン。そして札幌記念で後に天皇賞秋を制したモーリスと互角の戦いを演じたレインボーラインなどがサトノダイヤモンドとディーマジェスティを狙っていた。

レースではミライヘノツバサがハナを切る。エアスピネル、ジョルジュサンク、アグネスフォルテ以降は集団で縦長になった。サトノダイヤモンドは中団の前目でしっかりと折り合っている。その後ディーマジェスティがマークして、その後方にレインボーラインが控える。

1000m通過タイムは59秒9と速かったが、2000m通過タイムは2分4秒4というスローペースまで落とした。乱ペースにより脱落する馬が続出したが、最終コーナーでサトノダイヤモンドが持ったまま先行集団に取り付き、そのすぐ後ろにディーマジェスティがついていく。更に後ろにはレインボーラインがいた。迎えた最後の直線は、サトノダイヤモンドが軽々と先頭。その差は1馬身、2馬身とリードを広げていく。対するディーマジェスティは伸びあぐねていた。兼ねてから不安視されていた距離の壁がここで現れたのかもしれない。その2頭の内を突いて伸びてきたのは、皐月、ダービーと屈辱を味わってきたエアスピネル。終始最短距離の前目につけた鞍上武豊騎手の素晴らしいエスコートにより、まるでワープするかのようにサトノダイヤモンドに食らいつく。

しかし、残り200mで体勢は決した。外からレインボーラインが猛追するも、エアスピネルとの2着争いに留まる。クラシックの悲願を遂に叶えたウイニングロードを駆け、文句無しの完勝劇だった。


皆さんは、昨年の3歳クラシックをどのように振り返ったのだろうか?

私は近年のクラシック競走の中で一番の盛り上がりを見せていた事は間違いないと思う。しかし、夏を越して更なる成長を遂げたものの、春に比べてレベルが上がっているとは言えず頭打ちの傾向が強くなって来たのが印象に残った。しかし、古馬となった彼らがどんな走りを見せてくれるかには期待が尽きない。

私はこの2016年3歳クラシック勢が「最強」と呼ぶに相応しいか否か、それをしっかりとこの目に刻みつけたい。

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