メルシーエイタイム~彼が教えてくれたこと~

ジャンプの頂点を極めた中山大障害馬が、1頭のやんちゃな馬に戻っていく。のどかな風景の中で愛情を一身に受けた、一見すると平穏な日々。しかしその馬は、永くないであろう余生を過ごしていた。

障害王者が強靭な精神力で、生命の限り生き抜いた日々。そこにあったのは「残り僅かな余生を、充実したものにしよう」というスタッフの尽力だった。

そしてその日々は、沢山の祈りに支えられた「あるはずのなかった368日間」であった。
時は遡り、2013年の中山大障害。
そのレースは、最初の障害で落馬事故が起きるという波乱で幕を明けた。実況が告げたのは、2007年の中山大障害馬・メルシーエイタイムの名である。そのまま彼は放馬し、障害コースを駈けた。

向こう正面を行く先頭のスプリングゲント。そこで、歓声に似た、驚愕ともとれるどよめきが起こった。追走するテイエムブユウデン、アポロマーベリックが大障害コースに差し掛かった所で、再度の歓声と拍手が沸き起こる。


メルシーエイタイムが3本肢で、水濠障害を飛越したのだ。中山大障害馬の、王者の意地に賭けて。
彼に下された診断は、左後肢の脱臼……通常であれば「予後不良」との判断になり、安楽死の処置が措られるほどの致命傷だ。しかし陣営は一縷の望みに賭け、手術に踏み切った。

同レースを8馬身差で圧勝したアポロマーベリック、そして彼から王者の座を受け継いだレッドキングダムといった後輩ジャンパー達に障害界を託したエイタイムの、もう1つの闘いが始まった。
メルシーエイタイムは、2005年11月5日に障害デビューを果たした。2戦目で障害未勝利戦を勝ち上がると、OP戦3着、そして4戦目のJ-G1中山大障害で2着と、瞬く間にスター障害馬への階段を駈け上がった。

そして障害デビューから1年が経った2006年11月4日、OP特別の秋陽ジャンプS。5馬身差の圧勝劇をもって、本格化の時を迎える事となる。
明くる2007年、OP特別のペガサスジャンプSの後にJ-G2東京ハイジャンプを制し、遂に障害重賞馬となったメルシーエイタイム。しかしJ-G1の舞台では2着、4着、2着、3着と惜しい結果が続いていた。

それでも彼はJ-G1タイトルを諦めなかった。そして遂に2007年中山大障害、キングジョイ、マルカラスカル、テイエムドラゴンといった強豪を捩じ伏せ、その夢を叶えてみせた。
何事も決して諦めない障害王者、メルシーエイタイム。その諦めない心は、ここでも片鱗を見せていた。

彼は飛越も上手く、スタミナや勝負根性に優れ、先行して良し・差して良しといった展開に左右されない脚質の自在さも持ち合わせていた。
そして最大の特徴はバンケットの上手さにあると、とあるファンは分析している。
大障害コースの急坂を駈け上がってくる彼の姿に、身震いを覚えるような障害王者としての気迫が感じられたのだという。


中山大障害馬は、どんな困難をも乗り越える「強い」馬。
2013年中山大障害で負った致命傷の手術。快復の見込みに対し、明るい見通しが立つとは言えない中での、陣営による必死の看病が続いた。ファンは、メルシーエイタイムの快復を祈った。中山大障害馬の生命力を信じて。

そして、祈りに応えるようにメルシーエイタイムは奇跡的な快復を見せ、余生を過ごす乗馬施設へと移動した。その報せに安心したファンも少なくない。
しかし、乗馬施設に入厩した彼を見たスタッフや獣医師が思った事は
「もって2週間」
であったという。

エイタイムにとっての幸せとは……長年の経験と知識に基づいたスタッフが下したのは、
「残された時間を、メルシーエイタイムにとって充実したものにしよう」
という判断であった。
そして彼には、「あるはずのなかった余生」が与えられた。彼が、彼らしく生きられるように。

一進一退を繰り返す、左後肢の状態。予断を許した事は一度もないという。その中でスタッフと共に、日々を過ごす方法を模索していったエイタイム。
綺麗な草が生い茂る馬房の裏庭が、彼のための場所であったという。
「支援の会」が発足し、彼を通して人の輪が広がっていった。馬房につるされた千羽鶴に、奉納された絵馬に、沢山の祈りが込められていた。

動ける範囲が広くなり、動ける時間が長くなり、陽射しを浴びながら草を食む。食べる事が大好き。引き運動は彼のペース。
そんな一見、自由で平穏な日々。しかしその馬は限られた……永くは続かないであろう時を過ごしている。
優しい瞳が印象的な、しかし強靭な精神力を持った王者は、裏庭を通って他馬の馬房に顔を出す事や犬と遊ぶ事も多かったという。


そして余生を送るメルシーエイタイムに、2度目の春の足音が聞こえてくる。
冬毛が抜け始めた。身体が春を迎えようとしている証だ。沢山の祝福と共に13歳の誕生日を迎えた彼は、確かに、生きていた。
運命の日を迎える前日まで、「いつもの」日々を送っていた。

しかし致命傷を負った脚は、限界を迎えていた。
手術で埋め込んだプレートが、耐えきれなかった。
異変に気づいたスタッフが動揺を隠せない中、最期まで気丈に振る舞っていたという。

「中山大障害馬は、どんな困難をも乗り越える強い馬」
……メルシーエイタイムは与えられた逆境を、強靭な生命力でクリアしていった。「もって2週間」と言われた、368日の余生。彼はその「天寿」を全うし、2015年3月1日、空へと旅立っていった。
致命的な故障を負った競走馬を苦痛から解放する事……すなわち安楽死は、人間が競走馬に与えられる最後の愛情とも言えるのかもしれない。

しかし少なくともメルシーエイタイムにおいて、私は安楽死の是非を問う対象にしようとは思わない。関わった事のない私には、答えなど見つからない。
そして彼と、彼に関わった人々は「馬の尊厳死」……競馬関係者でない私達の間で、大きな話題として取り上げられる事の少なかった大切なものを考える一つのきっかけとなった。


「残された時間を、自分らしく、充実したものにする」
そんな余生を過ごした競走馬がいた。それは、どの馬にも……いや、人間を含むどの動物に対しても響くような事ではなかろうか。生き物はすべからくして、いつか命を失うものであるのだから。

メルシーエイタイムが私達に教えてくれた事は、私が表し得る言葉では足りない、あまりにも大きなものだった。空へと旅立った中山大障害馬にもしも伝えられるのならば、
「ありがとう」
その一言であり、それ以上は、言葉にならない。
文・川井旭
写真・tosh、サムグレ子、オガタKSN
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