ハーツクライ~心の叫びが届いた日~・後編

ハーツクライ無念の引退から時は流れ、2014年ドバイデューティーフリー。

壮行レースである中山記念を圧勝し、世界の舞台に立つ1頭の日本馬がいた。

鹿毛の馬体、流星のある端正な顔立ち、そして初G1タイトルを手に世界へ挑むその姿は、どことなく父を彷彿させるものであった。

 

そしてそのレースぶりは、まさに「圧巻」の一言だった。

スタートは行き脚がつかず後方からのレースとなったが、最終コーナーで鞍上のゴーサインに応えた彼は、その末脚を発揮した。

直線で後続を突き放していく桁違いの豪脚。2着に6馬身もの差をつけ、コースレコードを叩き出しての圧勝劇を演じた。

 

ハーツクライを父に持ち、親子二代でのドバイG1制覇を成し遂げた、「世界一」とも言える実績を叩き出した名馬。

彼のオーナーは父の出資者であり、産駒へ夢を託した一人である。

 

彼の名はジャスタウェイ。

衝撃の、海外デビュー。

 

父から夢を託された産駒の、そしてハーツクライへ夢を託した人々の心の叫びが、ドバイの夜空へ届いた瞬間であった。

 

ハーツクライがそうであったように、彼の産駒は常に、ドラマに満ち溢れている。

しかしそのドラマは決して、歓喜の涙で終わるものだけではない。

2014年、秋。

G1コーフィールドカップを快勝し、オーストラリアの祭典メルボルンカップに堂々たる一番人気で挑んだアドマイヤラクティ。彼もまた、ハーツクライを父に持つ名馬である。

しかしレース当日、戦前の期待とは裏腹に最終コーナーで大きく失速し、後退していくラクティの姿があった。そのまま彼は、大きく離された最下位に敗れる。

 

彼の実力を鑑みるに、通常であれば考えられないと思える結果。

「何が起きたかわからなかった」

鞍上もそう振り返る。

そしてレース後に異変を感じた関係者が見た光景は、必死に馬房へ辿り着き、崩れ落ちるように倒れるラクティの姿だった。

 

急性心不全による突然死。

 

日本の、オーストラリアの英雄であった彼に待っていた、あまりにも悲しい結末であった。

 

渾身の力を振り絞って辿り着いた、メルボルンカップのゴール。

アドマイヤラクティはその地で華々しい初G1制覇を成し遂げ、その命を賭けて競走馬としての使命を全うした。

彼のお墓はオーストラリアの功労馬を讃える施設の中に建立され、国境を越えた英雄として眠っている。

 

命を賭けて夢を与えてくれる競走馬たちに、改めて敬意を表したい。

同じく2014年。

日本ダービー。

ハーツクライを取り巻く人々へ、ホースマンにとって最大の……唯一無二の喜びを与えた名馬がいる。

 

競走馬として生まれたからには手にしたい、全人馬の夢、東京優駿。

父を手掛けた橋口厩舎が、ハーツクライを父に持つワンアンドオンリーをその舞台へ送り出した。

定年間近である橋口厩舎からは、未だダービー馬が出ていない。父とて2004年のダービーで、キングカメハメハの2着に敗れている。

 

想いを託された日本ダービーのゲートが開いた。

これまで後方からのレースをしていたワンアンドオンリーはこの日、好位から競馬を進める事となった。まるで父・ハーツクライの有馬記念のように。

そして直線、イスラボニータとの激しい叩き合いを振り切った所が、ダービーのゴールであった。

 

「地に足がつかない状態。ダービーは格別です」

 

橋口師の興奮覚めやらぬコメント。現地で沸く、ハーツクライのファン達。

ハーツクライ産駒が、父の、そして厩舎の悲願であるダービー馬となったのだ。

10年の時を経て、血統が、橋口厩舎が、最高の夢を掴んだ瞬間であった。

「事実は小説よりも奇なり」

そんな言葉を、身をもって表す馬がいる。

彼は第二の馬生もドラマに満ち溢れている。

 

その走りをもって、王者の遺伝子をもって、日本に、そして世界に轟かせる心の叫び。

彼の名は、ハーツクライ。

 

ハーツクライは競走馬として、紛れもなく世界を代表する名馬であった。志半ばで惜しまれつつ引退し、夢の続きは産駒へ託された。

そして彼の血を継ぐ産駒達は、「ハーツクライ」の名を再び日本中、そして世界中に轟かせている。

 

彼を愛する者は、これからもそのような瞬間が何度でも訪れる事を願ってやまない。

ハーツクライの心の叫びが届く日を。

 

 

夢の続きは、無限に広がっている。