日本ダービー「最下位馬」たちのその後を追え!【後編】

――もしも

「最も記憶に残るダービー最下位馬を選ぶなら?」

という投票があったとしたら、彼はきっと多くの支持を集めるに違いない。

2008年の第75回日本ダービー。

ダート戦線で他を圧倒する活躍を見せたその馬は、初の芝挑戦がダービーという状況で、異例の3番人気に推された。皐月賞馬・キャプテントゥーレの離脱もあり、混戦模様というのも後押ししたのだろう。

 


道中3~4番手でレースを進め、いざ最後の直線へ。ここで異変が起こる。ゲートでは隣にいたディープスカイが大外を突き抜ける中、最内のラチ沿いにいた彼は全く手応えが無かった。とあるファンの絶叫がネット上に響きわたり、そこに刻まれし6つの感嘆符は、いつしか彼を示すスラングとして定着した。

 


その馬の名は、サクセスブロッケン――。

サクセスブロッケンは現在、東京競馬場で誘導馬を務めている。

今年2月のパドックイベントでもファンたちの前でその勇姿を見せてくれた。現役時代から変わらない、ふてぶてしくも見える、彼らしい立ち回りで……。


サクセスブロッケンほど、ダービー最下位の汚名を返上した馬も珍しい。ジャパンダートダービー、フェブラリーステークス、そして東京大賞典という3つのダートG1を制覇。

種牡馬にはなれなかったものの、誘導馬として第2の馬生を悠々自適に過ごしている。


サクセスブロッケンが日本ダービーに出走していなかったら?

そんな「もしも」を考える時がある。


たしかにあのレースで彼は戦績を汚してしまったし、馬券で手痛い思いをしたファンも多いことだろう。しかし、あのダービーであれほど印象に残る走りが出来たからこそ、その稀有なるキャラクター性が築き上げられ、多くの人に愛されることとなったのではないだろうか。


年齢や誘導馬という立場の割に、彼はちょっとヤンチャな素振りをみせる。

多くのファンがそんな姿を見て笑顔になっていた。「競走」という概念とは程遠い時間が、ゆっくりと流れていた。

社会人になってから競馬の産湯に浸った僕が、初めてダービーを真剣に追いかけたのは2012年の第79回大会のことである。なので、この世代には個人的に強い思い入れがある。

ワールドエースという悲運のヒーローを中心に繰り広げられたクラシック戦線は、その後の歩みも中々興味深いものがある。

ゴールドシップやフェノーメノは大レースを制し、世代の強さを僕たちに示した。スピルバーグやジャスタウェイは突然ともいえる覚醒で周囲を驚かせ、名脇役のコスモオオゾラは柴田大知を騎手として一層成長させたように思う。

そして今、ディープブリランテやトーセンホマレボシの子供たちが走り始めているのもまた、感慨深い。

 


そんな年の最下位馬は、ヒストリカルだった。

毎日杯を制したあとの、久々のレースが大舞台。それに飲み込まれてしまったのか、終始後方の位置取りとなってしまい、直線でも末脚はさっぱり弾けなかった。

そんなヒストリカルと初めて出逢ったのは、2015年夏の福島旅行のときだった。福島テレビオープンの1番人気で、結果は2着。ホテルに戻ったあと、改めて彼の戦績を確かめる。オープン特別とG3で勝ち切れないレースを繰り返していた。

そして、あのダービー以来、G1レースには出ていない。栄光を手にした同期たちが続々と第2の馬生を歩み始めていく中、彼は芝の中距離戦線でもがいていた。

 


そんなヒストリカルに光が差す。

翌年秋の、毎日王冠。

スタートで大きく出遅れるものの、焦らず徐々に先頭集団との差を縮める。ルージュバックとアンビシャスが叩き合いを見せる中、大外を堂々と駆けあがった。上がり3ハロンで33.6秒と言う数字は、まだまだ衰えていない証左でもあった。

 


さらに続けて、4年半ぶりのG1挑戦となった天皇賞(秋)。

最後方待機からの末脚勝負で挑んだが、やはり壁は高かった。それでも、上がり2位のスピードを繰り出し、8着。十分健闘したと言えるだろう。そして、3度目のG1挑戦も、そう遠くない未来にあると信じることができそうだ。

「ダービー馬がダービー後、なかなか活躍してくれない」

そんな言葉をよく耳にするようになった。

 


確かに、近年のダービー馬は古馬になってからの成績が振るわない。ここ10年を振り返ってみても、二冠馬・三冠馬を除けば、古馬G1どころかG2・G3すら勝てていない馬も少なくはない。


こんな、有名な格言がある。

「ダービーは最も運が良い馬が勝つレース」

奥が深い言葉であると同時に、僕はこんなことを疑ってしまう。ダービーを獲った馬は、そこで運を使い果たしてしまうのだろうか?  と。


そして、その格言をあえてひっくり返してみる。「ダービーで最下位になるのは、最も運が悪い馬だ」。

この自作の格言(?)については、少し違う気がしている。確かに、最下位になった結果を恥じる馬や関係者は沢山いただろう。でも、最下位になった後の生き方は、果たして運に見放されたものなのだろうか。いや、むしろ、不思議な力強さすら感じとることができる。


「ダービー最下位馬」から、我々が学ぶことは何か?
今年もダービーのゲートが開き、その数分後には最先着した馬と最下位に沈んだ馬とがうまれる。
「一時の失敗に挫けずに、自分らしく走り続けることが大事なんだ」
最下位馬の歴史を辿った今ならば、こういう言葉が頭に思い浮かんでくるのである。

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ダービー特集・2017

文・和良拓馬

写真・ウマフリ写真班