皆さんにとって、一生の思い出に残った日本ダービーはいつなのだろうか。
それぞれの方によって世代の違いが出てくるのは当たり前の話である。
その世代の壁を越えて、多くの人の記憶に残ったであろうレースの話をしたい。

第80回、日本ダービー。
記念すべき節目の年に勝利した馬を、私は忘れられない。

第80回ダービーを目指した馬はたちは、2010年生まれの世代。
2010年の3歳馬といえばヴィクトワールピサやエイシンフラッシュ、ヒルノダムール、ルーラーシップ、ローズキングダムなどが顔を揃え、最強世代と呼ばれてクラシックが盛り上がった年である。
しかしこの翌年の2011年3月11日、日本人なら誰もが一生忘れる事のない出来事が起きる。

東日本大震災。

競馬界でも開催が中止されるなど影響は大きく、悲しみに包まれた毎日を送っていた。
この状況の中、世間ではとある一つの漢字が何時しかこの震災を乗り越える大きなスローガンとなっていた。
それは「絆(きずな)」である。

2011年の漢字にもなったこのスローガンは、多くの日本人の心を動かし、深く刻み込まれた。
翌年2012年に2歳馬たちがデビューを目指して鍛錬していた頃、その漢字がとある1頭の牡馬の馬名となった。

それが今回の主役、キズナだ。

父は無敗のクラシック三冠馬ディープインパクト、母はキャットクイルでその父は良血で知られるストームキャット。
良血と呼ばれ、馬名からも大きな期待を掛けられた中でのデビュー戦は、四番手からレースを進め、上がり最速でリジェネレーションとの競り合いを制し、勝利した。
続く黄菊賞でも、その後フラワーCで掲示板に入ったカラフルブラッサムなどを相手に、これもメンバー上がり最速で圧勝。
この時の鞍上は、佐藤哲三騎手。
初めてのダービー制覇も現実味を帯びてきた。
しかし、佐藤哲三騎手は2012年11月24日の京都11R、トーシンイーグル騎乗中に落馬。埒を支える鉄製の支柱に激突し、入院となってしまう。これによりキズナの鞍上も乗り替わる事になった。

新たに迎えたパートナーは、武豊騎手。
武豊騎手にも、落馬には苦い思い出があった。2010年の毎日杯での落馬事故による戦線離脱後、JRAのG1では2012年のマイルCSをサダムパテックで勝利するまで一度も取れないというスランプに陥ったのだ。
やっとの思いでJRAのG1勝利をした矢先の出来事であり、キズナのファーストコンタクトに対する不安もあったのではと思う。
初コンビを組んだのは、キズナにとって初の重賞挑戦となるラジオNIKKEI杯だった。それまでの後方待機ではなく先行する競馬をしたのも影響したのか、後に2014ジャパンカップを圧勝するエピファネイアに競り負けてしまい、3着と初の敗戦を喫する。

休み明けを挟み挑んだ弥生賞は後方待機でレースを進めるが、そちらはスローペースの影響をうけて、上がり最速ではありながらも5着と、掲示板が精一杯だった。
これで皐月賞への出走がほぼ絶望的となり、毎日杯への出走を決断。
しかしここで、キズナの才能が一気に開花する。
ガイヤーズベルト、バットボーイ、テイエムイナズマ、ラブリーデイなど素質馬も多くいたが、武豊騎手が後方からの大外一気を選択し、3馬身差の圧勝劇を披露する。

続く京都新聞杯では最後方からレースを進め、またしても大外一気の1馬身半差で差し切った。
この時、多くのファンが度肝を抜かれただろう。まるで父ディープインパクトのようなパフォーマンスでの勝ち方だったのだから。

迎えた日本ダービー。
運命の日である。

「最も運のいい馬が勝つ」と言われているこのレース、キズナはこの日本ダービーの舞台である芝2400mで、有利とも言われる1枠1番をひいた。鞍上はラジオNIKKEI杯から共に歩んできた、武豊騎手。
対するライバルは、ラジオNIKKEI杯でキズナに競り勝ち、悲願のダービー制覇にリーチをかけていた、鞍上福永騎手のエピファネイア。
そしてそのエピファネイアを皐月賞でねじ伏せた2歳王者ロゴタイプ。
他にも、そのロゴタイプに朝日杯で惜敗したコディーノや青葉賞を勝ったアポロソニックなど。
後のG1戦線も盛り上げる事となるメンバーが集まり、まさに世代の頂上決戦に相応しいレースとなった。

ゲートが開く。
12万人の大歓声と共に、各馬が一斉に第1コーナーへと走り出した。

キズナは出たなりのスタートを切り、武豊騎手は何も促さず、馬に任せた位置取りをしていく。
1コーナーを迎え、アポロソニックとサムソンズプライドが先手を主張した。その後ろはロゴタイプとペプチドアマゾン、コディーノとエピファネイアは中団、そしてキズナは後方から3番目の位置で第2コーナーへ。

向こう正面を迎えて、スローペースと見切った藤田伸二騎手のメイケイペガスターが大外からまくっていく。しかし中団が特にゴチャつくことなく先頭までまくり切り、1000m通過タイムは1分0秒3。

ほぼ平均ペース。特殊なペースではなく、実力勝負になるだろう。
1度はまくり切ったメイケイペガスターだが、アポロソニックに3、4コーナーでつつかれて自分のペースを崩されてしまう。中団では3コーナーでエピファネイアが気性の荒さから、前のクラウンレガーロやコディーノに突進して躓いた。

しかしそのなかで、キズナは自分のポジションを維持していた。

メイケイペガスターが向こう正面で動いても、中団が3コーナーでゴチャついても、位置取りや展開含め、全く関係ないと言える程順調なレース運びだった。
4コーナーを駆け抜け、最後の勝負所へ。
メイケイペガスターが先頭。
そのすぐ後ろにアポロソニック、ペプチドアマゾン、ロゴタイプ、コディーノなどが横一杯となって広がる。エピファネイアはその馬群の間を縫うように追い出す。キズナやラブリーデイ、テイエムイナズマなどは大外へと持ち出してGOサインをだす。

残り200m、アポロソニックが先頭に変わり、ペプチドアマゾンとロゴタイプが並びかける。コディーノやメイケイペガスターは完全に置いていかれてしまう。
その外をテイエムイナズマとキズナ、ラブリーデイが交わそうと追い込んでいる。
その時、前3頭の争いを抜き去らんとばかりに鋭い脚で飛んできたのは、エピファネイアだった。前の馬に突進し躓いた不利がありながら、不屈の闘志で追い込んできた。鞍上福永騎手も悲願のダービー制覇へあと少しだ。

だがここで、そのエピファネイアよりさらに鋭い脚で猛烈に追い込んできた黒い馬体が外から襲いかかる。
ノースヒルズの勝負服、黒い馬体。

キズナである。

鞍上武豊騎手は既にこの時ダービーを4勝している(スペシャルウィーク、アドマイヤベガ、タニノギムレット、ディープインパクト)。最もダービーを勝った男、そして最も運が良く実力も兼ね備えていた馬との融合は、まさに人馬一体そのもの。

一瞬でエピファネイアに並びかけるどころか、あっという間に交わして半馬身差をつけた所が世代の頂点に立った瞬間であった。
この瞬間、12万人の大観衆は拍手喝采だった。現地実況でも思わず触れてしまうほどの大拍手、そしてウイニングランで帰ってきたキズナと武豊騎手へのユタカコール。
その歓声にガッツポーズでしっかりと応える武豊騎手。検量室前で出迎えた管理する佐々木調教師と前田オーナーの涙。

見る者の胸を空くように美しく差し切った、感動の日本ダービーだった。

そして同時に、親子によるダービーの達成でもある。

  • シンボリルドルフ→トウカイテイオー
  • タニノギムレット→ウオッカ
  • キングカメハメハ→ドゥラメンテ
  • ディープインパクト→ディープブリランテ、キズナ、マカヒキなど

鞍上の武豊騎手はもちろんディープインパクトでもダービーを制覇しており、その産駒でもダービー制覇という栄冠を手にしたことになる。さらには地方、海外、JRAのG1通算99勝目とし、同年11月17日のマイルCSでトーセンラーに騎乗し差し切り勝ちを収め、前人未到のG1・100勝目を達成した。

今を思い返せば、武豊騎手にとって、あの第80回日本ダービーでディープインパクトの子供であるキズナに乗ってしっかりと差し切り勝ちを収めた事が、大きなターニングポイントだったのかもしれない。

人馬のドラマ、そして競馬のロマンをも感じさせる第80回日本ダービーは、ファンの期待と希望、夢、勇気と共に幕を閉じたのである。

写真:ウマフリ写真班

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