ミホノブルボンと少女と、水色の馬

子どもの頃、わたしにはたくさんの友達がいた。

猫に犬、うさぎにペンギン。

少女だったわたしは、たくさんのぬいぐるみに名前をつけて遊んでいた。

もうどんな名前をつけていたかほとんど忘れてしまっているが、今でも覚えている2人の友達がいる。

うさぎのジュリエットと、水色の馬のミホノブルボンだ。

ミホノブルボンのことは、今でも時々思い出す。

風薫る五月の終わりが近づくと、あの熱狂とともに、水色の馬の記憶が蘇るのだ。

世代の頂点を決める、日本ダービー。

その季節の真ん中で、少女の友達、1頭のぬいぐるみはミホノブルボンと名付けられた。

当時、多くの少女たちの興味はセーラームーンに集まっていた。

1992年は、テレビでセーラームーンのアニメがはじまった年だ。

もちろん、わたしもセーラームーンは大好きだった。

当時のわたしにとって、そのセーラームーンと双璧を成すヒーローが、ミホノブルボンだった。

 

 

1992年、第59回日本ダービー。

ミホノブルボン。

当時は血統面や枠順などから、距離延長を不安視する声も多く聞かれた。

「ミホノブルボンは、マイルまでの馬なのではないか」

そんな疑問の声が──たとえ、周囲の受け売りだとしても──わたしの心の中にないわけではなかった。

それでも1番人気に支持され、堂々とターフに姿を現したミホノブルボンを見たら、そんな想いは吹き飛んでしまった。

水色でもこもこしたぬいぐるみの友達とは違い、本物のミホノブルボンは綺麗な栗毛馬。

天候は曇りにも関わらず、その美しい栗毛の馬体が文字通り輝いて見えた。

 

すでに王者の風格すら感じるそのオーラ。

無敗の二冠馬となるべく、ミホノブルボンの日本ダービーがはじまった。

 

第59回日本ダービーのゲートが開く。

15番枠からの競馬となったミホノブルボンが、外から内へ入りながら、すーっと先頭に躍り出る。

「今回も、逃げ切るつもりだ」

それがわかった瞬間、わたしは嬉しくて嬉しくて、笑顔になった。

皐月賞の逃げ切り勝ちに圧倒され、わたしは一気にミホノブルボンに魅せられた。

だから、またミホノブルボンの逃げが見られることが何もよりも嬉しかった。

再びあの強さを見せ付けてくれることを、少女らしい純粋さで、何の疑いも持たずに信じていたのだ。

 

けれど、最終コーナーを回り後続馬がミホノブルボンのすぐ後ろまで迫ってきた時、負けを意識しなかったかと言えば嘘になる。

それは、負けを否定したい、という強い気持ちだった。

「まさか、ミホノブルボンが負けるわけがない」

わたしはミホノブルボンの勝利を強く信じた。強く、強く。

──するとどうだろう。

後続との差が、どんどん広がっていく。

ミホノブルボンはたった1頭で、先へ先へと進んでいく。

それは逃げるというより、何かを求めているかのように感じられた。

ダービー馬という称号より、もっと大きな、何かを。

わたしはその時のミホノブルボンの姿から、途方もなく大きな希望を感じた。

ミホノブルボンを追い越す馬は、ついになかった。

2着ライスシャワーに4馬身差をつけてのゴール。

無敗で挑んだ日本ダービーは、スプリングステークス、皐月賞と同じく逃げ切り勝ちだった。こうして、ミホノブルボンは無敗の二冠馬となったのだ。

 

その瞬間の、身震いするような興奮を。

心の奥から湧き立つ高揚を。

わたしは今でもはっきりと覚えている。

ミホノブルボンのその強さが、過酷な坂路調教によるものだったと知ったのは、大分後になってからだった。

少女だったわたしには、ミホノブルボンにどういった調教が行われていたかなど、知る由もなかった。

ただ、目の前にある「強さ」。

それだけがわたしの真実だった。

 

坂路の申し子、スパルタの風、ミホノブルボン。

 

ミホノブルボンという存在は、別世界のヒーローのようだった。

強さ、速さこそが正義で至高なのだと。

わたしに競走馬の「強さ」を教えてくれたのは、間違いなくミホノブルボンだった。

その後、故障のため引退となったミホノブルボンのことを、周囲は次第に話題にしなくなっていった。

話題はどんどん次の馬へ、次の世代へと移っていく。

水色の馬のぬいぐるみの名前にだけ、ミホノブルボンの栄光が刻まれているようで寂しく思う時もあった。

それでもわたしにとって、ミホノブルボンのあの衝撃的な強さは今も変わらない。

いつしか共に遊ぶことはなくなってしまった。

それでも、時々ふとあの水色の馬のぬいぐるみのことを思い出す。

そのぬいぐるみと同じ名前の、衝撃の走りをみせた競走馬のことを思い出す。

それだけでも、きっと意味のあることなのだと信じている。

 

忘れないこと。

そして、伝えていくこと。

 

それが、わたしに出来る競走馬たちへの愛情表現なのかもしれない。

何年経っても、鮮やかな記憶は蘇る。

 

本ダービーの季節がまた、やって来る。

水色の馬のぬいぐるみを抱いた少女のわたしは、ダービー馬・ミホノブルボンを見つめ、まだ、あの熱狂の渦の中にいる。