砂上の名馬列伝 コパノリッキー~砂上に煌めく金字塔~後編

◼︎2度目の骨折と低迷期

フェブラリーステークス連覇の直後の事でした。またしてもコパノリッキーの骨折が判明。今度は左前足のトウ骨の骨折で、半年間の休養を余儀なくされてしまいました。

そして迎えた復帰戦、10月上旬の日本テレビ盃。同期のクリソライトの厳しいマークに苦戦し、3着に沈みます。4歳のフェブラリーステークスでGIを勝ってから、初めてGI以外のレースで敗北を味わうことになりました。勝ち馬は、こちらも同級生で、この年に入って力を付けて来たサウンドトゥルー。1000m通過が59秒9とかなり速いペースであったことから、末脚の生きる展開となっていたこともあり、サウンドトゥルーに重賞初勝利が舞い込む結果となりました。

続くJBCクラシックでは、帝王賞以来の出走となったホッコータルマエや前走で先着されたサウンドトゥルーを破って、GI5勝目を挙げました。

 

次はチャンピオンズカップ──まだ勝ったことのないもう1つの中央ダートGIを取りに行く体制は、万全かと思われました。

しかしこのレースは先行したい馬が多く揃っていて、どうにかハナを切ることはできたものの、クリノスターオー、ガンピットなどに激しく競りかけられます。その結果、1000m通過が60秒2とリッキーにとって厳しいペースになりました。4コーナーではタルマエが並びかけてきて、彼にとっては身体的にも精神的にも厳しいレース展開に。

ゴールまで残り200m。

タルマエに抜かれまいと必死に粘ったリッキーですが、後ろで足を溜めていた牝馬のサンビスタが外目から猛追、内からは後方一気に賭けたノンコノユメが襲いかかります。サンビスタにかわされたところで余力を失った彼は、そのまま後退して7着に敗れました。

 

続く東京大賞典でもハナを切ったリッキーにタルマエが競りかけて、厳しいレースとなります。直線に入って100mぐらいで精根尽き、タルマエに先頭を譲ります。最後はタルマエもリッキーをマークして厳しい流れを作ったせいか、ゴール手前で力尽きてサウンドトゥルーにかわされました。

 

リッキーにとって2015年後半は、JBCクラシックこそ勝てたものの、競りかけられると一気にダメになる──そんな脆さを見せてしまったシーズンとなりました。

しかし、鞍上は百戦錬磨の武豊騎手。このまま終わるわけにはいかないと、心の中で思っていたのでしょう。

そして来たる2016年、コパノリッキーの逆襲が始まります。

◼︎雌伏の時を経て……

2016年の初戦には、3連覇のかかるフェブラリーSが選ばれました。

この年の川崎記念でGI10勝目を挙げたホッコータルマエはドバイ遠征のため回避、東京大賞典を勝ったサウンドトゥルーも出走しませんでした。

GIの勝利数だけで見ればタルマエに次ぐ5勝を挙げていることから中心視されてもおかしくないと感じる方が多いと思いますが、勢いに乗る4歳勢のノンコノユメ・モーニンに支持が集まり、リッキーはベストウォーリアにわずかに後れを取る4番人気となりました。レースではスタートを決めて前の方へ取り付きますが、外枠の馬が芝コースの長さを活かして加速を付けると先を越され中段へ。そこからでは思うような競馬ができず、7着と惨敗しました。

※東京ダート1600mコースの芝部分は、外の方が長くなっており、そこを通れる外枠の馬の方がダッシュを付けやすくなっています

 

「競りかけられたり外から被せられたりすると一気にやる気を失ってしまう」という弱点を露呈してしまったリッキー。

私はこの時「もう勝てないのではないか?これからは4歳のノンコノユメ、モーニンと言った下の世代に飲み込まれてしまうのではないか?」と思っていました。

おそらく大多数のファンの方も、リッキーは2回目の骨折で終わってしまった、と感じていたでしょう。

 

3連敗の後すっかり勢いがなくなったと思われていた彼は、次走、かしわ記念に出走することになりました。

この時はモーニン、ノンコノユメが2倍台と2強ムードで、リッキーは離れた3番人気に。

レースが始まると、当時7連勝中だった南関期待の星・ソルテが淡々と逃げ、リッキーがそれをマークする格好になります。3番手にはベストウォーリアが続きますが、リッキーに並びかけずに2、3馬身程度離れての追走でした。モーニンは地方の有力馬ハッピースプリントとタイムズアローを前に置いての中団に、ノンコノユメとサウンドトゥルーは末脚に賭けてモーニンの後ろから、という順になりました。

そして直線に入るとリッキーはソルテをかわして先頭に。

さらには他の馬の追撃をかわして1着となりました。そして、2着に逃げ粘ったソルテ、3着に道中の着順のまま流れ込んだベストウォーリア。後方に居た3頭はいずれも着外となりました。

久々の勝利を飾ったリッキーですが、この時の評価は「近走崩れ過ぎてノーマークだった」「前残りの馬場と展開に助けられた」といったものが多くありました。しかし、後々振り返ってみると違うことが分かります。レースの結果を見てみると、上がり最速だったのが道中で動きの無かった後ろの馬でなく、2番手につけていたリッキーだという点です。

物理的に、前に居て自分より速く走っている相手に追いつくことは無理ですから、展開や適性の差が多少あったことを差し引いてもリッキーの強さを認めざるを得ない結果でした。

次走の帝王賞は、 アウォーディーが故障で回避したため、鞍上は引き続き武豊騎手に。

前走で勝ったにもかかわらず低評価でしたが、4コーナー手前で先頭に立つと、直線でも2番手に居たタルマエを千切り捨てて伸び続けるという、強い競馬を見せました。

2着のノンコノユメには3馬身半、サウンドトゥルーには8馬身以上の差をつける圧勝で、骨折からの完全復活で、ダート界最強の座を射止めたのです。

◼︎GI3連勝と世代交代の波

一時期ウワサされていたアメリカ遠征は敢行されず、秋の初戦はマイルチャンピオンシップ南部杯となりました。

この時は武豊騎手がJRAの方で騎乗していたため、久しぶりに田辺騎手に手綱が戻ってきました。

このレースの出走馬を見ると、3連覇のかかる同期のベストウォーリア、帝王賞では人気を裏切ったもののGI初勝利を狙うアスカノロマン、金沢の吉原寛人騎手を鞍上に配して勝負気配のレーザーバレットなど手強い面々。そしてこの馬も居ました──因縁の相手、ホッコータルマエです。

レースは道営のロイヤルクレストが逃げて、タルマエが2番手、3番手にリッキーという、今までのレースとは逆の位置取りになりながら、速いペースで流れました。そして4コーナー、タルマエとリッキーが外目で並び、内からレーザーバレットが捲って進出。3頭が並んで直線に入ると同時に、叩き合いとなります。しかしリッキーは勢いが落ちず、逆にタルマエが脱落。粘るレーザーバレットもゴール前で力尽き後退していきます。

最後は後ろからマークするのに徹したベストウォーリアに3馬身差をつけて快勝しました。タイムは1分33秒5。あのクロフネの記録に、競馬場こそ違うものの0.2秒差に迫るものでした。これで、ダート界最強の座は安泰か──そう思わせる勝ち方でした。

 

しかし、次走のJBCクラシックでまさかの事態が起きます。1周目の1コーナー過ぎたあたりから、5番手につけた彼の外を通って、1頭の馬が上がっていきます。

鞍上には武豊騎手。

この馬こそ、帝王賞を有力候補として迎えながら回避せざるを得なかったアウォーディーです。

武騎手はリッキーに乗っていて、彼が外から被せられるとやる気をなくして力を発揮できないこと、そしてそれ以上にノーマークで走っていたらすさまじく強いということを知っていたのでしょう。

直線でいいポジションを取るため、そしてリッキーを潰すためにリッキーの外を通って前へと進出していきます。リッキーの鞍上の田辺騎手は捲りをささせまいと抵抗して一緒に前に上がっていきました。

4コーナー手前では、2番手に居たホッコータルマエが逃げ馬を交わして内ラチ沿いを進み、それに外からアウォーディー、真ん中にコパノリッキーが並びかけると言う形になりました。

この三頭の叩き合いになるかと思いきや、直線に入った直後にコパノリッキーが一気に後退します。何度も挙げた、被せられたときの脆さを見せることになりました。

さらに外からサウンドトゥルー、ノンコノユメの2頭が彼に襲い掛かります。そしてその2頭にもかわされて5着に沈みました。

レースは最終的に直線で抜け出したアウォーディーが1着、2着に早め先頭から粘りに粘ったタルマエ、3、4着は追い込んだサウンド、ノンコの順となりました。

アウォーディーだけでなく、過去に何度も先着したことのある馬にも敗れたことからダート界がまたしても戦国時代に突入したかという雰囲気が漂い始めました。

この敗北以降、リッキーは昨年末の流れをそのままリプレイするかのように負け続けます。田辺騎手からルメール騎手に乗り替わり臨んだチャンピオンズカップは13着、大井出身の戸崎圭太騎手を迎えて臨んだ東京大賞典は5着、川崎記念をスルーして直行したフェブラリーSでは武豊騎手が騎乗したものの14着。

ここまで惨敗が続くと、もうダメなのかという思いが頭をよぎります。

しかし一方で、この時期のダートGI では上位のメンツがことごとく入れ替わり続けていたことから、リッキーにもまだ巻き返しの機会はあると陣営は判断していたのかもしれません。

チャンピオンズカップ前には、ホッコータルマエがGI10勝の新記録を置いて引退しました。リッキーは当時8勝。因縁の対決は『GI勝利数』という形で続くことになりました。

◼︎古豪、復活

フェブラリーSの後ひと休みして、リッキーはかしわ記念に登録しました。

過去に2回出走して2勝した好相性のレースです。このレースに出走する馬は、15年のフェブラリーSで2着、以降怪我で不振だったものの前走のマーチSを勝って復活の兆しを見せていた同期のインカンテーション、前走フェブラリーS2着など勝ち切れはしないものの好走を続ける同期のベストウォーリア、前走の黒船賞で重賞初勝利を挙げて勢いに乗るブラゾンドゥリスなどでした。

そんななか、リッキーは2番人気でレースに臨みました。

ゲートのタイミングが合わず離れた6番手からレースを進めることになったものの、3コーナーから外を回って押し上げ、直線で外から追い込んで快勝しました。この日は小林オーナーの誕生日でしたから、陣営としてもぜひ勝ちたい一戦だったに違いありません。

この時のレース運びに関しては驚かれた方も多いかもしれません。ですが、レースを見ていると道中は6番手で並びかけられることもなく、3、4コーナーでは一番外を回っているため被せられることもありませんでした。そう考えると、先行と差しという違いがあるとはいえ、彼の勝ちパターンにあてはまるレースとも考えられます。このように、リッキーの身体能力の高さと鞍上の上手さを痛感させられるレースとなりました。

次走は帝王賞の予定でしたが、体調が整わずに回避し、10月の南部杯に参戦することになりました。

日程がJRAの開催と被ったため、鞍上は武豊騎手から田辺騎手に。3度目のコンビ復活です。レースでは逃げたノボバカラをマークしながら2番手を進み、直線早め先頭から後続を完封しました。この時はフェブラリーSを勝ったゴールドドリームや南部杯2勝のベストウォーリア、末脚の鋭いカフジテイク、キングズガードなどが居ましたが、大出遅れで勝負にならなかったゴールドドリームを除いて、他を完全に力でねじ伏せるような強いレースぶりでした。これでGIは10勝目。いよいよタルマエに並ぶことができました。

次走にはなんとJBCスプリント(この年は大井1200m)が選ばれます。理由としてはスプリントでの競争能力を見せつけたいとのことだったようです。そして鞍上には船橋の森泰斗騎手を起用しました。森騎手の起用については2016年の南部杯やこの年の帝王賞(怪我で回避)でも検討されていたようでしたので、ついに念願がかなった格好です。レースでは序盤は置いて行かれましたが、3コーナーあたりから徐々に進出して前に取り付きます。直線では前を行くネロ、コーリンベリーをかわして先頭に立ちましたが、内を掬ったニシケンモノノフにわずかに及ばず2着に敗れました。敗れはしたものの、スプリントでも十分に通用する強さを見せつけた一戦でした。

次走に選んだのはチャンピオンズカップ。これまで3度参戦して1度も勝利はおろか掲示板にも乗れなかった、相性の悪いレースです。GI10勝馬の貫禄を見せつけようとレースに臨むも9番人気。いくら人気が割れ加減だったとはいえ、実績よりもかなり低い評価のようにも感じます。

1番人気は新進気鋭のテイエムジンソク、2番人気は前走のJBCクラシックを勝ったサウンドトゥルー、そしてそこにケイティブレイブやカフジテイクが続き、リッキーの1つ上の8番人気はゴールドドリームでした。

レースはリッキーがハナを切り、テイエムジンソクが2番手を確保。やや遅めのペースにもかかわらず直線に入っても後続との差を残していたため、この2頭で決まるかと思われました。しかしゴール前で強烈な末脚で1頭が飛んできたため、そのままの決着とはいかずジンソクは2着、リッキーは3着に敗れました。勝った馬はゴールドドリーム。この年のフェブラリーS以降不振にあえいでいた彼が、ライアン・ムーア騎手のムチに応え復活したのです。

こうして、3着と敗れはしたものの今まで散々だったこのレースでついに好走できたことから、次走への期待は膨らみます。

 

2017年12月29日、東京大賞典。

 

このレースを最後に引退して種牡馬入りが決まっていたことから、タルマエの記録を更新するためには東京大賞典が最後のチャンスということになりました。

◼︎ラストラン、そして

12月29日、決戦の地である大井競馬場に16頭の精鋭が揃いました。

1番人気には堅実な走りが魅力のケイティブレイブが推されました。

2番人気にはサウンドトゥルー。展開に泣いた前走からの巻き返しを期待されてのものでしょう。

リッキーは前走でその2頭に先着したにもかかわらず3番人気と、人気の面ではそれほどの評価を受けられませんでした。

その他に、連勝で復調気配十分のインカンテーション、ミルコ・デムーロ騎手に乗り替わったミツバ、前走取り消しの無念を晴らしたいアポロケンタッキー、ジャパンダートダービーを勝った3歳馬ヒガシウィルウィンらが顔を揃えました。

ゲートが開くと、ケイティブレイブが行こうとしますが、外からそれを制してリッキーがハナに立ちます。

リッキーは1コーナーでケイティを2馬身半ほど引き離し、そこから自分のペースで逃げます。2番手のケイティがその流れを崩さずに追走、3番手以降のインカンテーションやミツバもそこから少しずつ離れ、交流重賞にありがちな縦長の隊列となりました。

リッキーは平均より少し早い前半1000m61秒3でレースを引っ張ります。

しかし、3コーナーあたりでケイティや先団に居た馬たちが、リッキーを楽に逃がさせまいとの距離を詰めます。しかし、ここまでストレスなく走っていた彼は、それに合わせて追いつかれまいとそのままの距離を維持しました。

4コーナーを回ったところで、ケイティとの差が1馬身ほど。このまま後続が襲い掛かって来ると思いきや、さらに一伸びして振り切りにかかります。

少し早いくらいのペースで逃げたにもかかわらず、リッキーの足色は衰えるどころか勢いを増し、2番手のケイティブレイブやその後ろに居たインカンテーション、ロンドンタウンらを競り落としていきました。

残り200mなっても勢いは落ちず、サウンドトゥルーの追撃を振り切ってゴール板を1着で駆け抜けました。

ホッコータルマエのGI10勝を上回る、GI11勝の大記録が達成された瞬間です。

大井競馬場は大いに沸きあがりました。

レース後には引退式も行われ、多くのファンに見守られつつ砂上を去りました。

砂上を去りました、という表現で「あれ? 京都での引退式では走らないの?」と思われたあなた。

確かに2度目の引退式が京都競馬場で行われたのですが、そこでは公式戦でついに一度も走ることのなかった芝の上を、武豊騎手とともに走っていたのです。

彼は多くのファンの歓声と関係者からの言葉に送り出され、北の大地へと旅立っていきました。

2018年の新種牡馬として、ブリーダーズ・スタリオン・ステーションに繋養されることに。生産界からの人気も高く、2017年に亡くなった父ゴールドアリュールの後継者として、期待を集めているようです。

◼︎さいごに

2度の怪我やスランプを乗り越えて、5年と1ヶ月の間にGI11勝を達成したコパノリッキー。恐らくこの前人未到の記録は、なかなか破られるものではないでしょう。

ダート競馬は芝に比べてスピード感に欠ける、交流重賞などの制度が分かりにくい、といった点からなかなか初心者には取っ付きにくい分野かと思われます。しかし一方で、「ダート馬は高齢になっても活躍し続ける馬が多い」という良さもあります。

実際に8、9歳までGIを走り続ける馬は多く居ます。

1997年にダートグレード競走が大幅に整備された「交流元年」以降で見ると、ヴァーミリアン(8歳まで現役、GI9勝)、ノボトゥルー(12歳まで現役、GI1勝)、などがあげられます。このように、1頭の馬を長く応援できるという点は非常に魅力的です。

私は2015年から競馬を本格的に見初めて、コパノリッキー号を通してダート競馬にハマりました。皆様にも私にとってのリッキーのような馬を見つけて頂けたら幸いです。

たとえば5月上旬にはかしわ記念(GI・4歳以上)や兵庫チャンピオンシップ(GII・3歳馬)が行われます。

古馬とこれからを担う若駒から、1頭ずつ追いかけてみてはどうでしょうか?

注意……本文に出てくるダートグレード競走はすべてGI、GII、GIIIに統一しておりますが、地方競馬で行われるレースにつきましてはJPNI、JPNII、JPNIIIが正しい表記です(海外馬も出走可能な東京大賞典を除く)

文・shin(@shin_JRANRA)

写真・ゆーた、がんぐろちゃん