オールブラッシュ~二冠馬の血を繋ぐその日まで~

2017年2月1日、川崎競馬場。

その日行われた交流GI「川崎記念」は、前年の最優秀ダート馬・サウンドトゥルーに、交流重賞3連勝と勢いに乗るケイティブレイブ、大逃げと後方一気でオープン特別を連勝したミツバによる三つ巴の争いが予想され、中央で開催されるGIフェブラリーステークスの陰に隠れることもあるこのレースにも、中央・地方両方のファンから熱い視線が注がれていました。

 

GI10勝馬のホッコータルマエが引退し、GI8勝のコパノリッキーも昨年秋以降不振。モーニンやノンコノユメと言った明け5歳のGI馬たちも順調さを欠いていたこともあり、ある者は新星の登場を──またある者は新たなる絶対王者の誕生を待っていたことでしょう。

 

しかし、多くのファンの期待をよそに、11頭を引き連れて逃げ切ったのは5番人気だったオールブラッシュでした。

 

 

1、二冠馬の息子として生まれて

 

オールブラッシュは2012年3月7日、日本競馬界最大の生産者である社台グループの社台コーポレーション白老ファームで生を受けました。

父はアメリカ二冠馬のウォーエンブレム、母はブラッシングプリンセス(母父Crafty Prospector)。

母系を辿るとアメリカでGIを勝ち種牡馬になったTouch Gold、姪に後のJBCレディスクラシック覇者のアンジュデジールが居ますが、兄・姉に活躍馬が居なかったこともあり、オールブラッシュが生まれた年に母のブラッシングプリンセスは韓国に輸出されています。

 

一方、父はアメリカ二冠馬で、かつてサンデーサイレンス二世として期待されたウォーエンブレム。中央競馬でのアーニングインデックスは2を超え、GI馬を3頭輩出するなどポテンシャルは非常に高かったものの、種付け上の問題から13年間で120頭ほどの産駒しか残せなかったこともあり、サンデーサイレンスの後継者という立場を確保するに至りませんでした。

 

なぜこの馬が僅かな頭数しか産駒を残せなかったのか、現在でも謎が残っているのですが、一説によると相手の牝馬の趣味に非常にうるさく、思うように種付けができなかったと言う理由が挙げられます。そのため生産者の方も非常に苦労されたようで、「好みの牝馬を連れてきて発情を促したあと別の馬と取り換える」、「転地療法として馬産地から離れた釧路に繋養する」、「ペンシルベニア大学の教授による特殊な治療(内容は企業秘密のため不明)を受けさせる」など、色々な手を打ってみたようですが遂に商業ベースの種牡馬として供用することは叶わず、2015年に種牡馬を引退しアメリカへ帰国することになってしまいました。

 

競走馬としても(頭数を考えず割合だけで見れば)種牡馬としても非常に優秀なものの、本来の能力を発揮できぬまま終わった父の血を繋ぐべく、彼は競走馬としての戦いに身を投じることになるのですが、スポットライトを浴びるようになるのはもう少し先のことになります。

 

 

2、長い下積み時代

 

社台レースホースにて総額3000万円で募集された彼は、2歳になって村山明厩舎に入厩します。血統的に早熟傾向にあると思われてか、2014年7月13日、中京芝1600mの新馬戦で浜中俊騎手を背にデビューすることが決まりました。

しかし、芝適性が無かったうえに返し馬で消耗したこともあり、ここでは11着と惨敗。

小崎綾也騎手に乗り替わった9月の未勝利戦(阪神芝1600m)も、直線で先団から脱落して14着と全く見せ場が無いまま終わります。

 

こうなるともう芝では厳しいと悟ったか、陣営はダートへ転向させる道を選びました。

次走の未勝利戦(京都ダート1400m)こそ敗れましたが、11月下旬に同条件の未勝利戦を先行して押し切る競馬で勝ち上がります。

500万条件に上がってからはダートに専念することが確定したものの、そこから勝てない日々が続きます。翌月の寒椿賞は7着、年明けからも500万条件を3戦しますが、6着、3着、3着と人気薄ながら好走したものの勝ち切れぬまま、休養に入ることになりました。

3歳戦が終わった7月に戦線復帰すると、500万特別をクリストフ・ルメール騎手に乗り替わって勝利したものの、次走のレパードSではクロスクリーガーの後塵を拝す9着。

その後、鼻出血を発症して再度放牧に出ることになりました。

 

こうしてオールブラッシュの3歳シーズンは、重賞に1度出たものの、大器の片鱗を見せることなく終わってしまいました。しかし後の勝ちパターンである先行抜け出しを確立するなど、決して実りのないまま終わったわけではありません。

出資者の期待を背負い、明け4歳になってもう一度戦線復帰することになります。

 

 

3、鳳雛今ぞ立て

 

明け4歳となった2015年1月に大津特別(京都ダート1800m)で復帰し、5番人気3着と好走すると、このクラスは早々に抜けられると思われてか出資者やファンからの期待が集まり始めます。

しかしそこから、4戦連続で1番人気に押されながら、順調に行かなかった3歳春のように勝ち切れず(4戦して2着、4着、2着、2着)、結局勝利には5戦を要しました。

このままでは夏を越せないと降級直後にももう1戦しましたが、またしても1番人気を裏切ってしまい、そのまま休養に入ることになります。

 

そして夏を越した彼は、過去2戦してオール連対と相性の良かったルメール騎手を背に、10月の復帰戦を単勝1.6倍の圧倒的支持に応えて勝利。やっとのこと準OP(現3勝クラス)に上がることができました。

 

しかし、ここへ来ると流石にメンツも変わってきます。次走の観月橋ステークスでは、当時は準OPの番人だったテイエムジンソク、交流GIの全日本二歳優駿を勝ったことのあるディアドムス、個性派として有名なブチコと、多彩な顔ぶれとの対戦となりました。

後にOPや重賞を勝つ実力派ぞろいのメンバーにおいて、オールブラッシュは実力を評価され3倍台ながら1番人気に。

 

ゲートが開くと、逃げるリーゼントロックの番手につけて1コーナーを回ったものの、外のブチコが5番手辺りから仕掛けて若干ペースが速くなります。

こうなると消耗を嫌ってか、向正面に入ってから前に進んだマイネルオフィール、ディアドムスも先に行かせ5番手辺りに落ち着くことになりました。3コーナーでは逃げたリーゼントロックに絡んだブチコ、道中動いた2頭が先団を形成して競り合いになるも、彼は積極的に動かず前を見ながらゆっくりと外に出していきます。

そして直線に入ったところで逃げ粘るリーゼントロックに対し、外から敢然と並びかけてゴール前で競り落とすと、準オープンクラスを僅か1戦で卒業することになりました。

その後は、賞金を積むためにペテルギウスステークス(OP)に登録しましたが、熱発のため回避することになります。

 

観月橋ステークスのレース後のコメントでルメール騎手が「好位でリラックスして最後は良く伸び、馬がとても成長している」と褒めたように、かつての勝ち切れない姿から完全に脱却できたように見える走りでした。

ファンからも「来年の重賞戦線を担う一頭になる」と熱い期待を寄せられていましたが、まさかその一か月後に一気にGIを取るとは、ほとんどの人が思ってもみなかったことでしょう。

 

 

4、勇躍の時

 

年が明けてすぐ、短期の休養から戻って来た彼はアルデバランステークス(OP)、佐賀記念(交流GIII)、川崎記念(交流GI)あたりのどこか、という予定で調整を進めていました。しかし、佐賀記念は選出のためには抽選を突破しないといけない、川崎記念は賞金的に出走が厳しいため、OPで賞金を積んでから重賞戦線に進むかと思われていましたが、直前に賞金上位だったグレンツェント、マイネルクロップが東海ステークス(GII)に向かうことになって、同じく準OPを勝ったばかりのコスモカナディアンとともに、いきなりGIに参加する権利を得ることになりました。

 

しかしながら、今回はさらにメンツも強くなります。

冒頭で名前を上げたケイティブレイブ、サウンドトゥルー、ミツバに加えて、交流GI勝ちのあるハッピースプリント、トライアルを勝って勢いに乗るケイアイレオーネと言った地方勢も加わります。

 

先行すればケイティブレイブと競り合うことになり、最後はサウンドトゥルーに差されるかもしれない……。

道中ミツバが動いて先行勢に厳しいペースになるかもしれない……。

そもそもOPすら走っておらずいきなりGIで通用するのか……。

 

こういった不安要素が積み重なってか、最終的に5番人気に落ち着くことになりました。

 

ゲートが開くと、オールブラッシュは内のケイティブレイブをロケットスタートでかわし切り、先頭に立ちます。

ここで抵抗されればペースが速くなって消耗するかに思われましたが、ケイティブレイブの方が2番手で折り合い、単騎で逃げることになりました。

そしてその後ろからケイアイレオーネやコスモカナディアン、ミツバと言った有力所が続き、サウンドトゥルーはJRAでのレースの時と同様、後ろから3頭目あたりに陣取る形でレースが進みます。

 

コーナー6つの小回りコースでハナを切れたこと、何よりも単騎で楽に逃げられるのは大きなアドバンテージと言っても過言ではありません。ですが、2週目の1コーナーに入ったところで、5番手辺りに居たミツバが一気に並びかけようと前に迫ってきます。

──このまま楽に逃げさせてはいけない。

鞍上の横山典弘騎手の仕掛けでしたが、コーナーを回ったところでオールブラッシュがもう一伸びしそのまま振り切られてしまいます。

さらに3コーナー手前でもミツバ、ケイティブレイブ、ケイアイレオーネなどが一気に突いてみるものの、今までスタミナを温存しながら逃げたことが功を奏してか、差を縮めることができません。4コーナーを回ることにはケイアイレオーネは完全に後退し、ミツバも消耗が激しく伸びがみえなくなりました。

ケイティブレイブは鞍上の武豊の鞭に応えて必死に外を捲りますが、それでもオールブラッシュを飲み込むことはできませんでした。

 

直線半ばに入るとここからはもう彼の独壇場に。最後の直線では後方に居たサウンドトゥルーが一気に追い込みますが、それでも差は縮みません。

結局彼は上がり3Fを38秒2でまとめて快勝を飾りました。

2着には彼と同タイムの上がりを使って追い込んだサウンドトゥルー、3着には彼と同じく準オープンから果敢に挑んだコスモカナディアンが滑り込み、3強体制と思われたレース前の予想を大きくひっくり返す結果に。3連単のオッズは70,890円と、交流重賞にしては珍しい高配当となりました。

 

こうしてホッコータルマエ引退後のダートGI戦線に有力馬がまた1頭現れた──そう思われましたが、次走の惨敗によって彼の評価は一気に落ちることになります。

 

 

5、まさかの低迷期

 

川崎記念を勝利してGI馬となったオールブラッシュですが、次走は意外にも交流GIIの名古屋大賞典でした。一応川崎記念前にも、佐賀記念かアルデバランステークスを使ってここに臨む予定ではあったはずなので、予定通りと言えばその通りなのですが……。

GIを勝ったことによって彼は、59キロの斤量で出走することになってしまいます。1キロ斤量が変われば1馬身の差が出ると言われることを考えると、ファンの目も厳しく、単勝は2番人気に。

 

レースが始まると斤量が響いてか行き脚が付かず、中央勢の有力な逃げ馬ドリームキラリとケイティブレイブ、そして公営東海の総大将カツゲキキトキトにも後れを取り、5番手から進めることになります。

元々末脚で勝負できるタイプではない上に直線が200mもない名古屋競馬場という条件もあってか、この遅れは残念ながら致命的なものとなってしまいました。向正面で後ろに居たモルトベーネ、ピオネロが上がっていくのを傍観するしかできなかった彼は、最終的に流れ込むだけの5着と、まさかの敗戦を喫することになりました。

 

斤量的に厳しかったから仕方ないと言えばそこまでなのですが、勝った3番人気のケイティブレイブも58キロと、4歳馬にしてはかなり厳しめの斤量を背負って54キロの他馬たちを破ったことから、GI馬としてその言い訳はできないでしょう。この敗戦によって彼に対する競馬ファンの期待の目は、少しずつ離れていくことになりました。

こうなると悪い流れを払しょくできなかったのか、次走の帝王賞(交流GI)では逃げたものの4コーナー手前で飲み込まれて6着。

夏を越して挑んだ浦和記念(GII)は1番人気に押されながら3着。

そして年末の名古屋グランプリでは7番手から回って5着。

遂にGI勝利後1勝も出来ぬまま1年を終えることになりました。

翌年3月には久々に中央のダート重賞であるマーチステークス(GIII)に出走するも、ここでは12番人気と全く評価されず、終始後方を回ったまま11着と惨敗。

こうして、GI制覇後は一気に評価を落としてしまい「川崎記念だけの一発屋」、「ウォーエンブレムの子なんだから早めに種牡馬入りした方がいい」と、ファンからはもう限界ではとささやかれ始めました。

しかし、彼はそんな声にも負けず田辺裕信騎手とともに、次走鮮やかな復活劇を見せるのです。

 

 

6、逆襲のGI馬

 

マーチステークスの後、彼は3歳以降一度も走ったことのないマイル戦のかしわ記念(交流GI)に挑戦することになります。このレースには前走フェブラリーステークスで復活を遂げたノンコノユメやGI2勝のゴールドドリームとベストウォーリア、悲願のGI初制覇を狙うインカンテーションなど強力メンバーが一気に参戦したこともあってか、彼は離された6番人気に甘んじることになります。

 

しかし、今回は逃げたい馬が他に居なかったことが幸いし、楽に逃げる展開に持ち込めます。

4コーナーまで他の騎手がノンコノユメやゴールドドリームの末脚を警戒して積極的に仕掛けなかったこともあってか、スパイラルカーブを活かして一気に加速し直線で他馬を引き離すことに成功しました。

 

──このままいけば川崎記念の再現だ!

 

残り50mぐらいまではそう思わせるようなレースっぷりでしたが、最後はゴールドドリームの豪脚に屈して2着。ですが、ファンにとっては復活を思わせる結果であり、次走以降の期待は膨らんだことでしょう。

 

しかし、次走以降は再び低迷してしまいます。帝王賞ではハナを切れず9着と大敗、秋のマイルチャンピオンシップ南部杯はワンターンのマイルが合わなかったか5着、そして京都開催のJBCクラシックでは10着と、思うような結果を出せません。

 

ですが、人気が程々に薄れたところでとんでもないレースをするのがこの馬のいいところ。次走の浦和記念では4番人気と評価はそれほど高くありませんでしたが、2周目3コーナーから一気にまくって快勝。重賞連勝で臨んだ1番人気のグリムに4馬身差をつける圧勝劇でした。

 

思えばOP入りしてからの彼は単勝15倍~30倍ぐらいの時に好走が集中しています。

人間でもあまり期待されていない時の方がいいパフォーマンスを見せる人が良く居ますが、まさに彼はその典型だったのかもしれません。

父親も種牡馬としては期待を裏切り続けましたが、その一方で予想外の活躍を見せた産駒が多々います。オールブラッシュこそウォーエンブレムの後継に相応しい……浦和記念の勝利を見て、私は思わずそう思ってしまいました。

 

 

7、怪物復活をめざして

 

こうして華々しい復活劇を遂げた彼でしたが、その後は勝ち星を挙げることができないまま、2019年10月に大井の藤田輝信厩舎へと移籍しました。

 

一昔前のイメージですと、GI馬の地方移籍は「競走馬としてはほぼ終わった、繁殖への道のりは絶たれた」と言った感じでしたが、今はそうではありません。交流重賞出走の機会の確保や賞金の上がり続ける地方馬限定重賞への出走という面から、活路を求めて重賞勝ち馬は勿論、ノンコノユメ・サウンドトゥルーと言ったGIを複数勝った馬の移籍例もあります。

こうして、彼の新たな闘いが始まりました。

 

 

 

……ですが、新天地でいきなり壁にぶち当たることになります。転入初戦には連覇のかかる浦和記念が選ばれましたが8着と惨敗。そして、下半期の総決算に当たる東京大賞典は登録時点で除外対象となり、かつてのGI馬でありながら、大舞台に立つ権利すら与えられないと言う厳しい現実を突きつけられたのでした。

 

こうなってしまうと、東京大賞典を回避して挑んだ報知オールスターカップで8番人気に甘んじることになったのは自然なことかもしれません。昨年のJBCクラシックで掲示板に乗ったセンチュリオン、ストライクイーグルや、勢いに乗る昨年の東京ダービー馬ヒカリオーソなどが人気を集める中、近走不振の続く彼がノーマークになるのも無理はありませんでした。

 

レースではヒカリオーソが好スタートを切り、前を引っ張る展開で一周目のスタンド前に差し掛かります。ですが、コーナーに入る直前で大きな歓声が上がりました。

スタートが今一つで後方に居た彼が、敢然と仕掛けてヒカリオーソへと並んでいったのです。歓声を上げた人たちの中にはオールブラッシュの過去のレースを思い出した人が居るでしょう、3年前の川崎記念で離れた5番人気で逃げ切ったこと、2年前のかしわ記念で6番人気ながらマイペースの逃げで2着に逃げ粘ったこと、同じく2年前の浦和記念で離れた4番人気ながら3コーナーから捲ってそのまま押し切ったこと。

そして、このレースでも8番人気でノーマークの存在であることを……。

 

2番手になったヒカリオーソを4馬身ほど離しながら、マイペースで淡々と逃げるオールブラッシュ。

3コーナー地点で後続が一気に押し上げようとしますが、なかなか距離は縮みません。2番手のヒカリオーソからも3,4馬身ほど離れていたのですから、その差を埋めることは困難だったでしょう。こうして内を回って追い上げるタービランスの追撃をハナ差退けて、久しぶりの勝利を手にすることになりました。

 

またしても人気薄での重賞勝利を収めた彼ですが、その次走に選ばれたのは川崎記念。前走の内容を考えれば、ある程度人気に推されることになるかと思います。

彼が初めて、注目度を高めているタイミングで重賞勝利を達成することを、私は願っています。

 

 

 

文・shin

写真・s.taka

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