私にとっての「安産御守」〜我が子が鳴らした蹄音〜

 

赤ちゃんはコウノトリが運んでくると言われるが、我が家の場合は馬だった。

早朝4時。みんなが寝静まった頃、じわっと水の漏れる気配を感じて飛び起きた。

まさか三十過ぎになって粗相だなんて──と思ったが、冷静に考えてみるとそうではない。

当時わたしは妊娠中で、臨月に入ったばかりだった。

 

咄嗟に「破水」という単語が脳裏を過る。

トイレへ駆け込んでみたものの自分の意思で抑えることが出来ず溢れ出てくるそれは、今まで小さな命を守ってきた水なのだと確信した。

タオルを押し当て、深夜まで仕事をしてリビングで倒れるように眠っていた夫を起こし、急いで病院へと向かう。

 

2015年の日本ダービー翌々日の出来事だった。

 

 

 

競馬好きの父の影響で幼少の頃から競馬が身近な存在だったわたしは、小学校の宿題にゼッケン付きの馬の絵を描いたというエピソードの持ち主だ。

そしてその少女は競馬ファンとしてすくすくと育ち、夫となる人にも競馬を『布教』した。

夫婦の生活は競馬中心に回っていると言っても過言ではないくらいで、その会話の半数は競馬の話題。

競馬を愛し、人馬の無事を祈り、ついでに馬券も当たったら嬉しい。

そんな毎週末を繰り広げる夫婦は、新しい家族の名前もぜひ馬にちなんだものにしようと企んでいた。

 

好きな競走馬から名前を拝借するなど、候補としていくつか挙げてみたが、しかしどうにもしっくりこない。

結局、出産して顔を見てから名前を決めようということになった。

いくつか候補がある中で「ソウマ」という読み方の名が有力だった。

但し、あからさま過ぎるので「馬」という漢字は使わないこと。

読みの中に「ウマ」は入っているが、漢字次第ではそんなに強調されることもないのでは、と考えたのだ。

 

「今年は宝塚記念、見られるかなあ」

 

出産予定日がわかった時点で、それがわたしの口癖となっていた。

結婚5年目にして授かった小さな命。

その愛しい存在がこの世に生まれ落ちてくるのは、宝塚記念の翌日とされていた。

しかし、不確定なことばかりの神秘の出来事が出産というもの。

予定日が前後するのは当然のことで、宝塚記念より前の可能性だってあるし、もしかしたら当日に生まれるかもしれない。

当日だけはなんとかご遠慮いただき、出来れば宝塚記念の後に生まれて欲しい。

そう願っていたのは、その年の宝塚記念をどうしてもこの目に焼き付けておきたかったからだ。

 

わたしたち夫婦が揃って愛してやまない競走馬、ステイゴールド。

特にわたしはステイゴールドをデビュー当時から応援し続けており、ラストランの香港ヴァーズで優勝した時にはテレビ画面の前で号泣した。

そして2015年2月にステイゴールドの死を知った時には放心状態で、ただただ嘘であって欲しいと願った。

やがて流れてくる涙をもって彼の死を受け入れたわたしは、お腹の子はステイゴールドの生まれ変わりだと思い始めたり、あんなにやんちゃな子が生まれてきたら大変だと思い直したりしたこともあったほどだ。

 

わたしの子は、残念ながら(?)ステイゴールドの生まれ変わりではないのだろうが──競馬場には、大好きなステイゴールドの血を受け継ぐ子どもたちがいた。

その中の一頭が芦毛の怪物、GⅠを六勝したゴールドシップだ。

そしてゴールドシップが出走するはずで、わたしたち夫婦が楽しみにしているレース……それが、2015年の宝塚記念だった。

年齢も重ねているゴールドシップにとって、それが最後の宝塚記念になることが予想された。

親友のように思っている大切なステイゴールドの子ども。そんな愛し子の3連覇が掛かった大舞台。

見逃すわけには、いかなかった。

 

「宝塚記念見たら興奮して、すぐ生まれちゃうかもね」

 

そんな話を笑いながらしていた頃を懐かしみながら、わたしは不安な気持ちでタクシーに揺られていた。

出産が陣痛からでなく破水からはじまるのはそう珍しいことでもないが、わたしは出産予定日まであと約一ヶ月もある。

いわゆる、早産だった。

突然の出来事に心の準備が出来ていなかったわたしは、冷静さを装いながらも実の所は不安で怖くて堪らなかった。

 

病院に到着すると即入院を言い渡された。

陣痛室に連れられ、これからNST検査という赤ちゃんの心拍と胎動をみて元気かどうか調べる検査をするという。

妊娠後期になるとNST検査を毎週受けることになっているのだが、わたしは翌日が検査開始日となっており、この時がはじめてのNST検査だった。

 

横になっている状態で腰を少し上げ、ベルトを巻いてもらう。ベルトに付いているセンサーのひんやりとした感触がお腹に伝わる。

そして看護師さんが機械のスイッチを入れると、雑音のようなざわざわした音が聞こえた。

看護師さんがセンサーの位置を調整すると……驚いた。

 

馬が、走っていたのだ。

 

赤ちゃんの、速い鼓動。

お腹の外からその音を聞いてみると、それは馬が走っている音にとてもよく似ていた。

しばらく付けておいて下さいと告げて看護師さんが部屋を後にしてから、わたしは夫と顔を見合わせた。

 

「なんだか、競馬みたいだね」

 

病院によっては妊娠中に赤ちゃんの心音を聞かせてもらえる所もあるようだが、わたしの産院はそういったことはしていなかった。

赤ちゃんの心音を聞いたのはこの時がはじめて。

突然のことでリラックス用品も持ち合わせていなかったが、聞こえる我が子の心音が競走馬の駆け足と重なり、何よりのリラックス効果をもたらしてくれた。

そして、それを察したのだろう夫も色々と笑わせてくれた。

 

「今、四コーナーあたりだな。お、最後の直線に入ったぞ!」

「もう、やめてよ。痛いんだから笑わせないで」

 

最後の方になると受け答えをする余裕は次第になくなっていったが、そんなやり取りを陣痛室で繰り広げた。

そのおかげで割と余裕を持っていたからか、痛みの間隔はどんどん狭くなっているのだがそれほど大変そうに見えなかったらしい。

看護師さんが念のためと触診したら、子宮口はすでにほぼ全開となっていた。

つまり、今すぐにでも産まれそう、ということだ。

看護師さんの慌てた声が響く。

急いで分娩室へ移動し、いざ出産。

するりと終わり、陣痛開始から子が産声を上げるまで3時間きっかりという超安産だった。

初産は丸一日かかることもあるというのに、この早さには担当医の先生も驚いていた。

 

こうして夫の立ち会いのもと、わたしたち夫婦に新たな家族が増えた。

不安だらけのはじめての出産。

それを競走馬の足音が、わたしと子を安産へと導いてくれた。

何よりの安産御守だった。

夫婦揃って競馬が好きだったことが伏線で、赤ちゃんの心音を聞いた時に全てが繋がった気がした。

この日の為に、この子が無事に生まれる為に、わたしは競馬を好きだったのかもしれないとすら思える。

そんなことはないのだけれど、そう信じてしまいたくなるくらい、わたしたちの出産と競馬は綿密な繋がりを持っているようだった。

 

心配していた宝塚記念も、無事に見ることが出来た。

その頃には一ヶ月検診間近で生活も落ち着いてきていた。

待ちに待った宝塚記念でゴールドシップは残念ながら敗れた。

しかし、ゆっくりと家族三人揃ってテレビ観戦することが出来たのは何よりの思い出なのだ。

 

 

 

新しい家族の名前は「ソウマ」になった。

そして結局、あんなにやめようと言っていた「馬」という漢字を入れることにした。

この子の命が今こうして無事にこの世界にあるのも、競走馬がターフを駆けていくように聞こえたあの心音のおかげだと感じたから。

 

どうか、馬のように強く美しく、しなやかに生きて欲しい。

それからステイゴールドやゴールドシップをはじめ、周囲を楽しませてくれる大好きな彼らのように、これからの日々を一緒にワクワク楽しく過ごしたい。喜怒哀楽を共にしていきたい。

──そんな願いを込めた。

 

ソウマがもう少し大きくなったら、親子三人で競馬場へ出掛けるだろう。

遊具で遊んだり、乗馬体験をしたり、美味しいものを食べたり。

そして、鮮やかな緑のターフを颯爽と走り抜ける競走馬たちの足音を一緒に聞こう。

 

あなたの刻むその心音と重なって、ママとパパの想いを乗せて、競走馬たちは今日も力強く駆けていく。

 

文・笠原小百合

写真・Horse Memorys

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