· 

稀代の超個性派〜芦毛の怪物・ゴールドシップ〜

 

2009年3月6日、日高の出口牧場で産まれたゴールドシップ。 

この牧場の産駒で中央の重賞勝ち馬は、1988年アルゼンチン共和国杯を勝ったレジェンドテイオーただ一頭。 

後に代表の出口氏が、「宝くじに当たったようなもの」と語ったのも頷ける話です。 

 

血統的にもそれ程見るべきものはなく、母ポイントフラッグはチューリップ賞2着が目ぼしい成績で、それまで4頭の産駒を出していましたが、中央では500万下の勝利が最高で3勝のみでした。 

 

シップは開業間もない須貝厩舎に預託され、2011年7月9日、函館5R、秋山騎手騎乗でデビュー戦を迎えます。 

10頭立ての後方からレースとなり、道中中団まで押し上げますが、常にジョッキーの手は動いており、勝てそうな感じには全く見えませんでした。 

ところが4角手前でムチが一発入ると一気に先頭集団まで進出。 

直線、先に抜けだしたコスモユッカと3馬身ほどの差がありましたが、残り100mから一完歩ごとに差を詰め、ゴール寸前で頭差差し切り。 

見事デビュー勝ちを飾りました。 

 

3着には4馬身差をつけるレコードタイムでの勝利に、レース前よりも期待度は一気にアップしていました。

 

次走コスモス賞を1番人気に応えて完勝し、2連勝で札幌2歳S(GⅢ)へ。 

このレースで主戦の秋山騎手は、同じくお手馬だったグランデッツァを選択。 

シップは安藤勝騎手に乗り替わりになります。 

グランデッツァは馬主が社台RHのアグネスタキオン産駒──秋山騎手の選択は、この時点ではやむを得なかったかもしれません。 

実際このレースは、1番人気グランデッツァが勝ち、シップは2着に敗退。 

ただ、僕の個人的な印象としては、前々の競馬だった勝ち馬に比べ、出遅れて4角後方──そこから上がり最速で1/2差の2着まで迫ったシップの方に、大いに将来性を感じました。 

 

年末のラジオNIKKEI賞で、またも出負けしてしまったシップですが、3角から一気にマクって5番手まで押し上げて直線へ。 

残り200mでもまだ5・6番手でジリジリとしか伸びなかったのですが、ゴール寸前、目が覚めたかのように一気の伸びを見せます。残念ながら勝ちはアダムスピークに譲ったものの、因縁のグランデッツァにはハナ差で先着し2着と、連対を確保。 

手応えの割に、しぶとく伸びる粘り強い末脚が印象的な一戦でした。 

 

ただ一点、出遅れ癖だけが気になりましたが…… 

 

 

年が明け、3歳初戦には共同通信杯を選択。 

そしてこのレースで、内田博幸騎手への乗り替わりが決定。以降、長く名コンビとして活躍することになります。 

 

注目のスタートは、今回は上手く決まります。 

すぐに内田騎手の手が動き、4番手の内まで進出。 

断然の1番人気ディープブリランテがハナを切り、1000m62秒6のスローに。 

直線も抜群の手応えで逃げ込みを図ります。 

早目から内田騎手の手が動いていたシップですが、これはいつも通り。 

残り200mでまだ2馬身あった差を一気に差し切り、1馬身3/4差をつけるという完勝でした。 

この勝利で須貝厩舎は、重賞初勝利。そして、前年落馬事故により重傷を負い、1月に復帰したばかりだった内田騎手にも復帰後初重賞制覇をプレゼントしました。 

 

出遅れ癖、初の左回りも問題なくクリアし、先行抜け出しという新たな戦法での完勝。 

 

そのレース振りを見てシップの確かな能力を感じ、これは2年連続でステイ産駒からクラシック馬が出るかもしれないと、初めて感じさせてくれました。

 

 

5戦3勝2着2回という素晴らしい成績で迎えた皐月賞。 

一度負かしているグランデッツァ、ディープブリランテよりも下位の4番人気に甘んじたシップですが、上位3頭は全てサンデー・社台の馬……やはり血統、ブランドが劣るが故の低評価でした。 

しかしシップは見事、それを覆す素晴らしい走りを見せます。 

 

スタートで多少出負けしたものの、許容範囲内。 

ところが行き脚が全くつかず、内田騎手もハラを決めての最後方追走。 

当日の馬場は稍重でしたがそれ以上に内が相当悪く、全馬内を数頭分あけて走ります。シップは3角あたりから少しずつポジションを上げて行ったものの、4角手前ではまだ後方。 

ここで内田騎手が驚きの選択をします。 

道中の走りから、シップはそれ程馬場を気にしないと判断し、4角でポッカリと空いた最内に突っ込んだのです。 

大きく外を回った他馬との差は一気に詰まり、直線を向いた時にはなんと3番手に躍り出ていました。 

当時「ワープした」とよく言われましたが、まさにその通り。 

TV観戦していた僕自身、どこから抜けてきたのか全くわかりませんでした。 

一気に逃げ馬をかわすと、あとはもう一人旅。 

外でもがく人気馬を嘲笑うかのように2馬身半の差をつけて楽々とゴールしました。 

須貝厩舎GI初制覇、内田騎手のクラシック三冠制覇に加え、ステイ産駒は二年連続の皐月賞制覇。 

ジャーニー、フェスタと前年の三冠馬オルフェ。 

 

そして同じく前年J-GIを制していたマイネルネオスも加え、この時点で既に5頭目のGI馬誕生となりました。「ステイはもう、大種牡馬の域に達したな」と確信した一戦でした。 

 

2冠を狙ったダービーは、スタートは出たものの、下げて後方へ。 

4角10番手あたりから、直線上がり最速の脚で追い込んだものの届かず5着。 

勝ち馬はディープブリランテ。 

共同通信杯のような競馬ができていれば……という悔しさはあったものの、青葉賞を勝って参戦した、同じステイ産駒フェノーメノがハナ差の2着と大健闘も見所十分でした。蛯名騎手のダービー初制覇もかかっていて、直線はフェノーメノの方に目が行っていました。 

結果的にステイ産駒2頭が2・5着。あと一歩だっただけに、悔しいダービーでした。 

 

秋初戦の神戸新聞杯を危なげなく2馬身半差をつけて勝ち、二冠をかけて臨んだ菊花賞。 

レースが始まると、いつも通り後方からの競馬となります。 

この当時のシップは、大きな出遅れはないものの、行き脚がないので、無理に行かさず後方待機、というレースが続いていて、このレースも同様でした。 

 

ところがこのレース、皐月賞に続き、内田騎手が大きな賭けに出ます。 

後方2番手にいたシップを、2周目急坂の手前からスパートさせ、一気に4番手まで押し上げます。 

この時僕の脳裏には、1983年菊花賞、「京都の正念場、第3コーナーの登りで行ったぞ!ミスターシービー」という杉本清氏の名調子が一瞬にして甦りました。 

まさにあの時と同じ光景が目前で展開されるような、最後方近くからの大マクリ。 

4番手まで押し上げた内田騎手が一旦手綱を抑え、手応え抜群で直線を向くと、馬場の真ん中から抜け出します。 

内田騎手の豪快なアクションに応えて伸びるシップ。 

外から追いすがるスカイディグニティを突き放し、見事二冠を達成します。 

 

後にシップの代名詞となったマクリ戦法は、このレースで完成しました。 

 

超ロングスパートと無尽蔵のスタミナに驚き、この時確信しました──ステイは2年続けて怪物を送り出したんだと。オグリキャップに続く、「芦毛の怪物・ゴールドシップ」の誕生でした。 

 

 

世代最強馬として古馬に挑んだ有馬記念。菊花賞と同じく、最後方から3角手前で大外をマクっていったシップ。 

先頭集団近くまで上がってきたように見えたのですが、大外を回った分ロスが大きく、直線を向いた時にはまだ10番手。 

しかし、そこからが凄かった。 

大外へ持ち出し、前が開くと、一頭だけ全く違う脚で突き抜けます。内から抜け出したエイシンフラッシュ・オーシャンブルーをあっと言う間に交わし去り、内田騎手がゴール前で既にガッツポーズを見せる程の大楽勝で古馬を粉砕。 

圧倒的な力を見せつけました。 

 

それにしても、3角手前から凄い脚でマクりをかけ、マクり切れなかったにもかかわらず、直線再び見せた矢のような伸び脚……それはまさに二段ロケットのようで、鳥肌が立つ程の強さでした。 

年間成績は6戦5勝でGI3勝と、例年なら文句なく年度代表馬だったはずなのですが、惜しくもジェンティルドンナにさらわれた事は、非常に悔しかったです。 

 

それでも最優秀3歳牡馬を獲得。世代最強牡馬として、2013年の飛躍を誓います。 

 

 

4歳春の目標は天皇賞・春とし、阪神大賞典から始動したシップ。1.1倍の人気に応え、苦も無く天皇賞へのステップレースを完勝。 

多くのファンが、天皇賞・春はシップが制すると信じて疑わなかったと思います。 

 

天皇賞当日、1.3倍という断然の1番人気を背負ってのレース。いつも通りマクって4角で4番手辺りまで上がってきた時には、勝利を確信したのですが、この日は二段ロケットに点火せず、直線伸びない。 

逆に内から突き抜けたのが、同じステイ産駒のフェノーメノでした。 

 

もちろん同じステイ産駒が勝って嬉しかったのですが、非常に複雑な気持ちでした。 

なぜなら、天皇賞・春は、シップの母父メジロマックイーンが父子三代制覇を達成したレースであり、残念ながら自身の仔は勝つ事ができず、四代制覇が叶わなかったレースでもあります。 

マックのファンであった僕は、マックの孫であるシップに、何としても勝ってもらいたいと思っていたのです。だからこそ、素直にフェノーメノの勝利を祝福できませんでした。 

実は前年もオルフェーヴルを同じ想いで見ていたのですが、11着と惨敗。 

今年こそ!と願っていただけに、フェノーメノには申し訳なかったのですが、シップ敗戦のショックは大きかったです。 

 

 

今一つ敗因がはっきりしないまま迎えた宝塚記念。この日初対決となるジェンティルドンナに1番人気を譲っての2番人気。 

スタート後激しく内田騎手の手が動き、前走とは一転、前目の位置を取りに行きます。 

共同通信杯以来の先行策で4番手につけたシップ。お決まりのように4角手前から内田騎手の手が激しく動きます。直線入口で内からジェンティルドンナに馬体をぶつけられますが、全く怯むことなくジェンティルを一気に引き離し、内で粘るダノンバラードをあっさり交わして3馬身半差をつける圧勝。 

 

前年年度代表馬を譲ったジェンティルに勝ち、4着フェノーメノには天皇賞の雪辱を果たすという、シップファンにとっては最高の結果となりました。 

ところが2013年のシップの成績は、この日をピークに下降線を辿ります。 

 

秋初戦の京都大賞典は宝塚記念と同じ先行策をとりますが、直線失速して5着。 

それでも2番人気に推されたジャパンカップに至っては、後方のまま全く見せ場なく15着の大惨敗。完全に歯車が狂ったシップに、須貝調教師とオーナーは、内田騎手降板という苦渋の決断をします。 

 

年末の有馬記念はオルフェーヴルの引退レース。 

しかもゴールドシップと最初で最後の対決となり、もの凄い盛り上がりでした。 

シップの騎手はライアン・ムーア。 

文句なしの役者が揃った一戦です。 

JCの惨敗にもかかわらず2番人気に推されたシップでしたが、結果はオルフェーヴルが8馬身差の圧勝。 

それでもシップは中団から直線しぶとく脚を伸ばしての3着と、復活の兆しが見える走りを見せてくれました。 

 

2014年のシップは、前年同様に阪神大賞典で始動。 

騎手は宿敵ジェンティルドンナの岩田騎手。 

テン乗りでしたが、手が合ったのかこの日は珍しく行きっぷりがよく、引っ張り切りで2番手を追走、4角では早々に先頭に立って3馬身半差の1着と、過去最高に『お利口さん』なレースを見せます。 

これなら今年こそ天皇賞でマックの夢を!と次走を期待したのですが……天皇賞・春はウィリアムス騎手に乗り替わり、スタートで立ち上がっての大出遅れ。これは仕方ないとしても、後方追走からいつものマクリを打つこともなく、4角手前でようやく手が動き出すという始末。シップのビデオを見ていなかったとしか思えない踏み遅れ具合で、これでは届くはずもなく7着敗退。 

もちろん、あの出遅れで、どう乗っても勝つのは難しかったかもしれませんが、それでもベストを尽くした騎乗とは思えず、ストレスの溜まる結果でした。 

勝ち馬はなんと前年と同じくフェノーメノ。 

天皇賞・春2連覇という輝かしい結果に、前年と違ってフェノーメノの勝利を心から祝福しました。 

 

それにしてもこの2頭、同じレースで走ると 

●2012年ダービー   シップ5着/メノ2着 

●2013年天皇賞・春  シップ5着/メノ1着 

●2013年宝塚記念   シップ1着/メノ4着 

●2014年天皇賞・春  シップ7着/メノ1着 

●2014年有馬記念   シップ3着/メノ10着 

このように、全てのレースで、一方が馬券圏内に頑張ると、一方は圏外に去る。 

最後まで「両雄並び立たず」で終わりました。 

 

ある方の漫画で、シップがメノの事を「僕が調子悪い時だけ頑張るメノくん」みたいに呼び、2頭が仲悪いように描かれていて、笑ってしまいました。実際のところはわかりませんが……。 

 

 

さて、前年同様、天皇賞敗戦からの宝塚記念。シップの新たなパートナーは、名手横山典弘騎手に白羽の矢がたちます。驚いたのは、横山騎手が3週連続で栗東へ駆けつけてシップの追い切りに乗ったということ。それは僕の持っていた『横山典弘』のイメージとは、違うものでした。 

後に、シップの事を理解し、「友達」になるために通ったと知り、あの横山典弘にそこまでさせるほどの魅力がシップにはあるのだと、感動したのを覚えています。 

そして連覇がかかった宝塚記念で、さらに騎手・横山典弘の凄さを見せつけられます。 

 

好スタートを切ったシップでしたが、例によって行く気をみせず後方。横山騎手も手を動かす事なく、そのままいつも通りのレースになると思っていました。ところが横山騎手が、馬群から少し離れた外に進路をとると、目を疑う光景が……。 

騎手の手が動いていないのに、シップが自分からスイスイと前へ進み出し、4番手まで上がっていったのです。 

あんなシップを見たのは初めてでした。これが横山騎手がシップと「友達」になれた証明だったのではないでしょうか。4角手前ではお決まりのように手ごたえが悪く見えたものの、直線を向くと、馬場の真ん中から鋭く伸びるシップ。 

後続を全く寄せつけない3馬身差をつける完璧な内容で、見事に宝塚記念連覇を果たしました。 

レース後、横山騎手は、「僕はただ乗っていただけ。最後まで“頑張ってください”とお願いしました」と笑顔で語りました。 

今までも当然、騎手の重要性については理解していたつもりでしたが、この時の横山騎手とシップこそ「人馬一体」。改めて騎手と馬との関係について、深く考えさせられた、素晴らしいレースでした。 

 

 

想えば、横山騎手が宝塚記念を制したのは、1991年メジロライアンで、宿敵メジロマックイーンを初めて破って以来。彼がマックの孫で23年ぶりにこのレースを制した事も、何か運命的なものを感じました。 

 

 

そして、宝塚記念制覇後、ビッグニュースが飛び込んできます。 

「ゴールドシップ・凱旋門賞挑戦」が発表されたのです。 

 

以前から、シップにロンシャンの馬場は絶対に合うはずと思っていただけに、2年連続2着とあと一歩まで迫ったオルフェーヴルのリベンジを、同じステイファミリーのシップが果たしてくれるのではと、興奮気味にこのニュースを聞きました。 

 

また、同じ須貝厩舎のジャスタウェイ、同年の桜花賞馬ハープスターも参戦を表明。 

強力な日本馬3頭の挑戦が決定します。 

現地で前哨戦を使わない事が決まり、叩き台として札幌記念へ出走したゴールドシップ。 

 

ハープスターも出走したこのレースは、3着馬を5馬身後方に置き去りにし、2頭のマッチレースとなりました。5キロの斤量差を生かし、ハープスターが先着したものの、わずか3/4馬身差の素晴らしい叩き合い、名勝負でした。 

そして勇躍フランスへ飛び立ったのですが……結局、凱旋門賞では全く力を出し切れず14着と大敗します。 

 

宝塚記念のような先行策を期待していましたが、終始後方。 

直線は大外から少し脚は見せたものの、数頭を交わしただけという悔しい結果でした。 

ハープ6着、ジャスタウェイ8着と日本馬は全滅。ただ、敗因とは言いませんが、直線入口で外国馬のジョッキーがムチでシップの顔面をヒットし、さらに馬体をぶつけるという、ひどいラフプレーに遭った一件は、非常に腹立たしく感じるとともに、海外のレースの厳しさも痛感し、この厳しい舞台で2着という結果を残したオルフェーヴル、ナカヤマフェスタの偉大さも、改めて感じました。 

 

帰国後、万全の出来ではない中、阪神大賞典以来の岩田騎手騎乗で有馬記念に出走。少差の3着と頑張ります。 

そして翌年も現役続行が決定の報を聞いた時、僕がシップに期待した事は、「マックの想いを乗せて、悲願の天皇賞・春を!」の一点でした。 

2015年は例年になく早い始動。1月のAJCCへ出走するも、見せ場なく、まさかの7着。 

 

敗因がよくわからず、「気分がのらず、走る気がなかった」ような負け方を見て、シップは復活できるのか?と不安は大きくなります。 

その答えは、過去二連覇している阪神大賞典で出ると、僕自身は想っていました。 

 

大得意なこの舞台でダメなら…… 

 

そんな不安を吹き飛ばすように、強いシップが帰ってきます。 

前年は2番手からの先行策をとった岩田騎手でしたが、今回はスタート後、少し仕掛けて中団からの競馬を選択します。 

向こう正面で少しずつ進出を開始。4角では岩田騎手の手が激しく動き、大外から先頭を伺います。先頭で直線を向いたシップはそのまま逃げ込みを図りますが、外から来たデニムアンドルビーの脚色がよく、シップに並びかけました。 

「交わされる!」と思った瞬間、岩田騎手の左ムチに鋭く反応、ぐっともう一伸びして突き放し、結局1馬身1/4の差をつけ、史上9頭目の同一重賞三連覇。 

心配していたファンに、約9カ月ぶりの勝利で復活宣言をしてくれたのです。 

 

直線デニムを突き放した脚は、久々にシップの二段ロケットを見た気がして、悲願の天皇賞・春制覇へ期待は大きく膨らみました。 

 

 

2015年5月3日、天皇賞・春。 

鞍上にはフランス以来の横山典弘騎手がいました。もうこのコンビの復活はないと思っていただけに、驚きましたが、実は横山騎手の方から、須貝師・オーナーに頼んで乗せてもらっての騎乗だったと。戦前「秘策がある」と語っていた事もあり、「必ず何かやってくれる」という大きな期待を持って迎えたレースでしたが、まずゲート入りでトラブルが…… 

 

シップは明らかに怒っていました。 

何度も後脚を蹴り上げ、横山騎手が促しても全く動かない。約2分ゴネまくった後、目隠しされてようやくゲートイン。この時点で、僕は諦めに近い気持ちでした。あれだけレース前に消耗して長丁場はさすがに無理だろうと。 

 

横山騎手は「行けたら前に行こう」と思っていたようで、スタート後激しく手が動きますが、シップが行く気が無い事を察知し、すぐに手を止めます。少し位置を上げたものの、後方4番手を追走。ここから横山騎手がどう乗るのか…

向こう正面に入った時、目を疑いました。横山典Jの手が動き出し、一気に4番手まで進出したのです。今まで大マクリを打った事は何度もありましたが、いくらなんでも動くのが早すぎるのでは?と。 

そのまま4角で激しく手が動きながら直線へ。

 

内からカレンミロティックが3馬身ほど抜け出し、外からは有力馬が伸びてくる。 

シップの脚色は鈍く見え、ダメかと思った瞬間、シップの二段ロケットが点火します! 

残り200mから、ギアを切り替えたような一気にの伸びで、カレンミロティックをゴール前で交わし、大外から飛んできたフェイムゲームの追込みもクビ差凌ぎ切って、実に3度目のチャレンジで悲願の春の盾を手にしました。 

 

祖父メジロマックイーンにとって、残念ながら産駒で達成できなかった父子四代天皇賞制覇でしたが、母父として孫が勝利してくれた事を、空の上で喜んでいたことでしょう。 

 

マックが大好きだった僕も、シップに最も勝って欲しかったレースだったので、心の底から感動しました。 

 

苦手としていた天皇賞・春で完全復活したシップですから、過去7戦して6-1-0-0という素晴らしい実績を残している阪神で行われる宝塚記念となれば、三連覇は「もう達成したも同然」という空気だったのも仕方のないところ。 

ところが、ゲート内で立ち上がり、約10馬身もの大出遅れ。 

こうなればもう横山騎手のことですから、無理させる事なく後方のまま15着でゴールします。 

 

得意のマクリをかければ、もちろんもっと上位に行けたはずですが、「馬優先」の横山典Jらしい騎乗でした。 

「人間の思い通りにはならないよ」と、シップが笑っている気がしました。 

 

まさに破天荒キャラの面目躍如。 

怒りと言うより、「あーあやっちゃったか」と、シップファンとして笑うしかありませんでした。 

 

レース後須貝師が「こんな奴ですが見捨てず応援してやってください」と呆れたように語りましたが、シップに対する愛情たっぷりのコメントで、感動しました。 

 

年末で引退が決まっていたシップは、秋初戦のジャパンカップを10着と完敗するも、勝ち馬とは0.4秒差。苦手な東京競馬場だった事を考えれば、ラストランを勝利で飾る事も十分可能と思われました。 

 

そして、須貝師とオーナーは、ラストランに向けて、粋な計らいをします。 

実は当時、僕も含め、多くのファンの間では「最後は“あの騎手”で行ってほしいなぁ」という想いが広がりつつあったように思いますが、陣営にその想いが伝わったのか、嬉しい発表が。 

「ゴールドシップ引退レースは、内田博幸騎手で行きます」と。

 

もちろん、横山典騎手が不満とか、そういう事では全くなく、シップを超一流馬に育ててくれたのは内田騎手だという想いがあったので、ファンにとってとても嬉しい報せとなりました。彼でなければあの皐月賞の大胆騎乗はできなかったでしょうし、シップの代名詞となった大マクリ戦法も、菊花賞で彼が初めて見せてくれたもの。 

 

降板には諸々事情はあったと思いますが、大手馬主の馬ではありえないような“情”を感じる、素晴らしい再登板決定だったと思います。 

 

 

レースが始まると、もうシップしか目に入りません。最後方で一周目のスタンド前を通過。そしてバックストレッチ。内田騎手の手が動き、行った!大外をもの凄い勢いでシップが上がっていきます。沸き上がる大歓声。今まで見た中で一番速く、そして楽しそうにマクっていくように見えました。4角4番手、内田騎手の手が激しく動く。いつか見た光景に、思わず「差せぇ―!シップ!」と絶叫していました。 

直線、シップは盟友・内田騎手のアクションに応えて必死で走ります──少なくとも、僕にはそう見えました。 

 

ただ、その時のシップには二段ロケットに点火する力は残っておらず、結果は8着。 

勝ち馬とは0.3秒差。そんな結果よりも、最後までシップらしさを見せてくれた事で、もう大満足の引退レースでした。 

 

最終レース後に行われた引退式。内田博幸・横山典弘・岩田康誠、シップを重賞制覇に導いた3人のジョッキーが並びます。 

初めて見る光景に、これまた陣営の素晴らしい配慮が感じられました。 

一方、号泣の今浪厩務員に手綱を引かれていたシップは、徐々に彼らしさを出し始め、内田騎手のインタビュー中に大声で鳴き、関係者が並んでの記念撮影はゴネてなかなか撮らせない。 

最後の最後までシップらしさを見せて、彼の航海は終わりを告げました。 

 

引退後のシップは、岡田繁幸氏率いるビッグレッドファームで種牡馬生活を開始。 

これは、「日高で産まれたシップを、是非日高で種牡馬に」という、オーナーの小林氏と岡田氏の想いが一致した結果でした。 

種付数は初年度109頭、2年目110頭、3年目93頭。

そしていよいよ今年、初年度産駒のデビューを迎えます。

 

先日ビッグレッドファームで行われた産駒の公開調教では 、素晴らしい時計を連発し、生産関係者から驚きの声があがったとのニュースを聞き、期待度はさらに高まっています。

父ステイと同じ日高で、種牡馬として自身を超えるような産駒を出してくれる事を願っています。 

 

また、シップと同世代(2009年産)のステイ産駒として先述したフェノーメノも、天皇賞・春を二連覇の他、青葉賞・セントライト記念・日経賞と重賞5勝。 

素晴らしい成績で、こちらは社台スタリオンステーションで種牡馬生活を送っています。 

種付数は初年度146頭、2年目87頭、3年目55頭。 

シップと同じく、今年が初年度産駒のデビューです。 

現役時代はライバル関係でしたが、産駒同士も高いレベルで争ってくれればと願っています。

 

シップのような、破天荒な芦毛の怪物再び。是非見てみたいですね。

文・golden voyage

写真・Horse Memorys

■関連記事