踏み出す一歩。〜阪神スプリングジャンプ観戦記〜

旅に出るのに、理由は一つあれば十分だ。

 

2018年、オジュウチョウサンの平地挑戦が進むにつれ「せめてもう一度だけ、障害を飛ぶ姿を見たい」という思いは心の奥底にしまい込むようになっていた。

そこへ降って湧いた、オジュウチョウサン阪神スプリングジャンプ参戦の報。

「もう一度」が叶う。それならば。

 

 

行こう。

阪神競馬場へ。

 

 

阪急梅田駅から神戸本線で西宮北口駅まで行って、今津線に乗り換える。

3年前に初めて来た時はスマホの乗り換えアプリとにらめっこしていたけれど、今ではすっかり慣れっこだ。電車は程なくして、仁川駅へと着いた。

 

来たよ!阪神競馬場っ!

 

 

 

普段は割とのんびりしているので、競馬場の開門待ちに並ぶことは滅多に無い。しかしこの日は重要なミッションが二つあるので、開門時間より早く来たのだ。

 

──それにしてもこの人出、みんなオジュウチョウサン目当てなのかな?だとしたらすごいなぁ。

 

待つこと、しばし。

ようやく開門時間がやってきた。

入場してまず真っ先に向かうべくは、ここだ。

 

 

 

今年、阪神競馬場と京都競馬場でGⅠ・GⅡレースが行われる日に先着で配布されるメモリアルレースカード。嬉しいことに、J・GⅡの阪神スプリングジャンプも対象になっている。これをなんとしても手に入れたかったので、開門前に競馬場へ着くようにしたというわけだ。

配布は先着3,000名だから、もっと遅く来ても大丈夫だったのかもしれないけれど、もし遅く来て「配布終了しました!」と言われた日には、セントウルガーデンの片隅で涙に暮れることになっただろうから、まずは無事に入手出来て良かった!と胸を撫で下ろした。

 

そして返す刀で向かった先は、ターフィーショップ。

オジュウチョウサングッズの特設ブースで販売される限定グッズが、その目的だ。

まだ開門直後ということもあってか、行列は20人ほどで、すんなりとグッズを購入することが出来た。

 

 

 

──限定グッズを全部買ってしまうあたり、ターフィーショップの思うツボなのかもしれないけれど……せっかくここまでやってきたんだもの、全力で乗っかってやろうじゃないの。

 

1着3着……、2着3着……。

「午前中に自信のあるレースで手堅く当てて、阪神スプリングジャンプの資金を増やそう」という目論見は、脆くも崩れ去った。

 

よし、こういう風に流れが良くない時は、昼食を取ってリセットしよう。

 

そう考えて向かったのは、Twitterのフォロワーさんがオススメしてくれた「さぬきや」さん。

 

 

 

色々な美味しそうなメニューが並ぶ中から、釜玉うどんをチョイス。コシのあるうどんに卵とだし醤油が絡み、そしてゆず胡椒が良いアクセントになっていて、とっても美味しい!

こんな美味しい物を3年間もスルーし続けていたなんて、もったいないことをしたなぁ。

 

お腹も満たされた午後1時。

はやる気持ちを抑えつつ、足早に総合インフォメーションへ向かう。障害重賞開催日恒例の『障害騎手と行くバックヤードツアー』の当選発表を見るためだ。

今回で5度目の応募なのだが、これまで一度も当たった事が無い。

さすがにそろそろ当たる番じゃないかな、などとと淡い期待を抱きつつ当選発表に目を凝らす。

 

そこに自分の名前は、無かった……。

 

ちなみにこのバックヤードツアー、当選50名に対して800人を超える応募があったのだそう。そりゃ、そうそう当たらないよね…。

 

さて、阪神スプリングジャンプの一つ前、7Rの出走馬がパドックでの周回を終えて本馬場へ向かっていった。

にもかかわらず、パドックからはほとんど人が減らない。最前列は人で一杯だ。それでもなんとか前の方に陣取ることが出来た。

 

久しぶりにオジュウチョウサンを見られるんだもの、出来るだけ近くで見たいよね!

 

パドックの電光掲示板に阪神スプリングジャンプの出走馬の名前が映し出された。

パドックでこうして電光掲示板を見上げていると、今年も阪神スプリングジャンプを観に来たんだという実感が一気に湧いてくる。

 

やがて、出走馬がパドックへ入ってくる。

遠目にも鮮やかな、水色のメンコとチークピーシーズ。

 

ゼッケン11番。

オジュウチョウサンだ。

 

 

 

障害復帰について、色んな感情があるのは百も承知なのだけれど、やはりオジュウチョウサンが障害に帰ってきた事が嬉しい。

 

彼の登場でパドックはにわかに色めき立つ。

彼はそんな雰囲気を楽しんでいるのか、こちら側を見ながら歩いている。

その瞳はいつもと同じく、力強い。

これならきっと、大丈夫。

 

パドックはそこそこに、早めに馬場側へと移動することにした。阪神スプリングジャンプは「どうしてもここで観たい」というスポットがあるからだ。

 

 

 

障害重賞で唯一、このレースだけはスタートを真横で見ることが出来る。

だから毎年、必ずここから見るようにしているのだ。

 

そして、この場所はスタート地点であり、ゴールのすぐ手前でもあるので、駆けていった馬たちが「戻って来る」格好になる。

それもあってか、この場所に立つと、「全馬無事に戻って来て欲しい」という思いが一際強くなる。

 

ファンファーレが鳴った。

各馬がゲートに入っていく。

──どうか、全馬無事で。

 

ゲートが開き、駆けてゆく後ろ姿を目で追った。

オジュウチョウサンの11か月ぶりの飛越は、少しだけ危なかしく見えた。

 

大丈夫だろうか。いや、大丈夫。

頭の中の不安を振り払いつつ、彼の飛越に目を凝らす。

 

2周目の3コーナーでオジュウチョウサンが先頭のタイセイドリームに並びかけると、場内から大歓声が沸き起こった。

 

タイセイドリームと平沢騎手が必死に抵抗を見せる。しかし、オジュウチョウサンとの手応えの差は歴然。

 

残すは直線に置かれた最終障害のみ──。

 

「あっ」と思わず声が出た。

 

最終障害の飛越。

オジュウチョウサンの踏み切りが明らかに近すぎる。

顔が地面に付いてしまうのではないかというくらい、危ない着地。

このような着地をしたら、次にどうなるか。不幸な想像が頭をよぎる。

 

しかしその不安は、現実にならなかった。

持ち前の身体の柔らかさと体幹の強さが、次の一歩を踏み出させたのだ。

 

 

 

眼の前を駆けてゆくオジュウチョウサンを、歓声を上げるのも、拍手をするのも忘れて、ただただ見ていた。

 

ああ、良かった。

無事に帰ってきて、本当に良かった……。

今は、それ以上何を望もうか。

 

ウィナーズサークルは黒山の人だかりだった。

優勝レイを掛けてもらったオジュウチョウサンが、関係者と記念撮影をしている。

 

 

……とその時、長沼厩務員がファンのすぐ近くでオジュウチョウサンを引いてくれる嬉しいサプライズがあった。

ドヤ顔のオジュウチョウサンが、ちょっと可愛い。

 

この勝利で、オジュウチョウサンは障害重賞10連勝を達成した。そして、私はその全てに現地で立ち会ったことになる。

歓喜、驚嘆、放心、安堵、その時々で感じるものが違うというのも、また面白いものだ。

 

オジュウチョウサンの次走は、天皇賞(春)か、はたまた中山グランドジャンプか。

レース後の話題は、オジュウチョウサンの次走で持ちきりだった。

 

こんな二択を選べる障害馬が現れたこと自体、障害界にとって大きなプラスなのだと思う。

平地から障害へは一方通行ではない。自身の可能性を模索し続けるオジュウチョウサンの挑戦を、これからも受け入れて、応援したい。

改めて、そう思った。

 

 

 

楽しい時間はあっという間だ。

馬券の方は……まあ、いいか。

次に阪神競馬場に来るのは半年後かな。今日は会えなかったけれど、今度はこのパドックでアップトゥデイトと会えるといいな。

 

 

 

競馬の後は、十三にある行きつけの天ぷら屋さんで、オジュウチョウサンの祝勝会だ!

 

「行きつけの」と言ってはみたものの、実際には半年に一度しか行っていないので、「行きつけの」と言うには少々語弊があるかもしれない。

しかし、ここのご主人は、そんな半年に一度しか来ない私をしっかり覚えてくれている。

どうしてだろうと気になって聞いてみたら、初めて来た時に私がアップトゥデイトについて、それはそれは熱く話していたから、らしい。

以来、阪神競馬場で障害レースの重賞があるたびに来店するので、すっかり覚えられていたそうな。

 

うわ、そうだったんだ……。

 

そんなこんなで、ご主人やたまたま隣になったお客さんにオジュウチョウサンについてあれやこれや話していたら、もうこんな時間。

帰りの新幹線、ギリギリだ。

 

ご主人、お会計お願いします。

いやあ、今日も美味しかったです。ご馳走さまでした。

 

「また来ます、今度は秋に」

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文と写真・びくあろ