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[平成名勝負]逃げて栄光を掴みとれ~1993年七夕賞・ツインターボ~

1993年7月11日。

その日の福島競馬場には、過去最大入場者数を更新する47,391人の競馬ファンと、5頭の逃げ馬が集まっていた。

 

脇目もふらず、ただひたすらに。

前へ前へ。

作戦か、暴走か。

 

この日観衆は、数ある『英雄の在り方』のうち、紛れもないひとつの答えを目の当たりにする。

 

 

この日福島に集まった16頭のうち、1番人気に推されていたのはダイワジェームスだった。

ナイスダンサー産駒の4歳馬で、前走エプソムCで2着と勢いがあり、ここで待望の重賞制覇をと有力視されていた。

3歳時のセントライト記念ではレガシーワールド・ライスシャワーらを相手に4着と敗れていたが、古馬になってライバルたちとの逆転を目指したいところであった。

 

2番人気のアイルトンシンボリも4歳馬で、高い素質を評価されている馬だった。前年の暮れにはステイヤーズSを勝利し、前走でも宝塚記念5着と、着実にスターの階段を駆け上がっているところであった。

 

3番人気はツインターボ。こちらは5歳馬で、これまでの12戦全てでハナをきってきた。「逃げ」の一手だけを磨き続けてきたことに魅力を感じる人も多く、ファンが急増中の馬だった。その「人気者」は、3歳のラジオたんぱ賞以来の勝利を目指していた。鼻出血の影響で4歳シーズンをたったの1戦で終えていたが、そろそろ復調を、といきたいところだった。

鞍上は初のコンビとなる、中舘騎手。

 

そのほか、クイーンSで2着のパーシャンスポット、福島記念・若葉S勝ち馬のハシノケンシロウらが人気で続く。

さらには先述した逃げ馬5頭には、ツインターボのほか、前走・福島テレビ杯を逃げ切り勝ちしているユーワビーム、これまでのオープン競走3勝はどれも逃げ切り勝ちで前年には七夕賞を逃げて4着に食い込んでいるマイネルヨース、初の芝レースとなった前走で4着に逃げ粘ったトミケンドリーム、前年の北九州記念で逃げて3着に食い込んだスナークベストなどが顔を揃えていた。

 

 

1角までの500m。

逃げ馬が5頭いるなかで、他馬との折り合い・ポジションの奪い合いが争点となる。

おおよそ全ての馬が他馬の様子をうかがいながらより良いポジションを探り合う時間帯。無言のやり取りの応酬──他馬の調子や位置取りと、相談をしながら。

 

しかしこの日の福島は違った。

 

ファンファーレが鳴り、ゲートが開くと同時に、フルゲートの大外枠16番からインへと切り込む形で飛ばす馬がいた。

ツインターボ。

他馬を気にする様子もなく、他の逃げ馬たちを抜き去って颯爽と先頭へと躍り出た。

 

逃げ馬の1頭マイネルヨースはそれについていこうという素振りを一瞬見せるものの、結局はコーナーに入る前に控えて2番手に落ち着く。

その落ち着きに呼応するように、トミケンドリームとユーワビームがマイネルヨースに追いつき、3頭の逃げ馬がツインターボから数馬身遅れて競馬をすることに。

5頭目の逃げ馬・スナークベストはさらにそこから少し離れた位置で、縦長の馬群を緩やかに先導する。

ハシノケンシロウやバーシャンスポットらは先頭からかなり離れた位置で脚をためていた。

その少し前を走る1番人気ダイワジェームスを睨むように。

 

前半の1000mは58秒を切るハイペース。

 

気が付けばツインターボが一人旅とも言える逃亡劇を演じていた。

縦に長く伸びていた馬群は、ツインターボの軽快な走りを見て、早めに動き始める。

──もしや。

残された距離と脚色を計算し、各陣営に冷やりとした汗がつたう。夏真っ盛りの、福島競馬場。

 

飲み込まれたのは、ツインターボ以外の逃げ馬4頭だった。

この3頭に抵抗する余力はなかった。

しかしまだ、ツインターボの影は見えてこない。

猛然と、そして慌てるかのように、各馬に鞭がはいる。

 

レース序盤から中盤にかけて10番手付近にいた人気の一角・ダイワジェームスは、4角手前で既に2番手に並びかけていた。

しかし、4角でツインターボが後続につけていた差は約8馬身。

観衆は気が付き始める。ツインターボの脚が衰えないということに。

後方で睨みあっていた馬たちは、ターゲットだったはずの馬を見るのも忘れ、ただひたすらにツインターボを追う。

アイルトンシンボリ・ダイワジェームスの人気2頭が、直線で抜け出し迫る。

 

人気の実力派2頭でさえ、着差を4馬身差まで詰めるので精一杯だった。

1分59秒5。

出走馬唯一、2分を切る好タイムを叩き出し、ツインターボはゴール板を駆け抜けた。

 

 

他馬を気にせず、振り返ることなく、前へ前へ進もうとしたツインターボの、美しいまでの逃走劇。

 

 

2着のアイルトンシンボリは、その暮れのステイヤーズSで早めの仕掛けを繰り出ししっかりと粘り切って重賞2勝目をあげた。翌年の宝塚記念では2着・有馬記念では4着と、G1戦線を盛り上げる1頭となった。

 

3着のダイワジェームスは続く新潟記念でも1番人気になったものの、次は後方から追い込んだブラウンビートルに敗れ4着。その後も果敢に重賞挑戦するもののステイヤーズSで3着に食い込んだのが重賞での最高着順。オープン競走を挟みながらの厳しいレース選びになってしまったのもあっただろう。6歳・7歳と七夕賞にも出走するが、遂に重賞制覇はならず引退となった。この七夕賞で賞金加算出来ていればまた違った余裕あるローテーションを組めたのかもしれない──つい「たられば」を言いたくなってしまう1頭だ。

 

1着のツインターボは次走・オールカマーでも逃げ切り勝ちを収めて重賞2連勝を飾る。

さらに天皇賞・秋にも挑戦したが、こちらはシンガリ負けの17着。

しかし、どのレースでも変わらず、スタートから逃げ続ける姿勢を崩さなかった。

7歳で中央の引退レースとなった新潟大賞典も、偶然ながら福島競馬場開催であり、ベテランながら果敢な逃げを披露した。

 

他馬は関係ないと言わんばかりの逃走劇。

己との戦いとも言えるのだろう。

ツインターボの七夕賞200m-400m間のタイムは10.6、400m-600m間のタイムは10.9。このラップこそがツインターボの真骨頂だ。

その生き様が輝いた、福島の夏を彩る大一番であった。

 

 

※馬齢は現在表記に合わせています。

※本文中で使われている福島競馬場の画像は現在のものです。あくまでイメージとしてご覧ください。

文・オガタKSN

写真・びくあろ

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