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[平成名勝負]絵になる男〜2011年有馬記念・オルフェーヴル~

 

2011年は、忘れてはいけない年だ。

3月11日に起こった東日本大震災は、多くの人の運命を狂わせ、日本人の価値観すらを地の底から覆した。

そんな忘れてはいけない年の競馬を締めくくったのは、オルフェーヴルと池添謙一騎手だった。

 

有馬記念が終わった直後、中山競馬場には雪が舞いはじめていた。

オルフェーヴルとは、フランス語で金細工師という意味。それにふさわしい金色の栗毛が雪に濡れる姿はまさに絵画の世界だった。その幻想的な景色に、我々がこの年に負った心の傷もいくらか癒された。

 

しかしそんな絵の中のような佇まいは、オルフェーヴルの持つ一面にすぎない。いや、あまりにも表面的な、ごく一部分でしかないのだ。

黙っていればいい男なんて言われる男がいるが、オルフェーヴルはまさにそんな馬なのかもしれない。その外見にそぐわないようなやんちゃさもまた、彼の魅力だった。だが、あまりにやんちゃすぎるエピソードはここではあえて割愛させてもらい、今回はいかに『いい男』なのかに焦点を当ててみたい。

 

……というのはオルフェーヴルの持ついくつかのエピソードはあまりにやんちゃすぎて、記事としてはどうしてもそちらの面の紹介が多くなりがちだからだ。でも、オルフェーヴルからしても『やらかした話』ばかりされては……というところもあるだろう。

 

 

 

皐月賞直前のスプリングS(代替阪神)が重賞初制覇であったように、オルフェーヴルはデビュー戦後にしばらく勝てなかった。

追い込んで届かずを繰り返したレースはのちに、池添謙一騎手が折り合いと競馬をオルフェーヴルに教えるためのものだったことが分かったが、当時は物足りなさを感じるファンも多く、皐月賞(代替東京)は4番人気でレースを迎えた。

 

そして皐月賞から日本ダービー、菊花賞と一気に無敗で駆け抜け、あっという間に三冠馬となったわけだが、これは異例中の異例。

三冠馬が皐月賞時点で4番人気だった例はなく、皐月賞まで6戦2勝、勝率3割という戦歴もこの馬しかいない。

 

そんな異例の三冠馬となったオルフェーヴル陣営が2011年最後のレースに選択したのが、有馬記念だった。

舞台は中山芝2500m。

外回り3角手前からスタート、コーナー6回、最後は内回りコースを走る、中央競馬でもっともトリッキーなコース設定のひとつと呼べるだろう。

無敗の三冠馬ディープインパクトですら、3歳時はハーツクライに屈したコースは、展開がすべてと言っていい。流れに乗れなければ『英雄』すら負ける──それが、中山芝2500mである。

 

オルフェーヴルはこれまで流れに逆らってレースを勝ってきた。

スローペースで折り合いを重視し、最後の爆発力ですべてを大逆転する……そんなレースは、3歳馬同士だからこそ力のちがいで可能にしてきたのであり、有馬記念は古馬の超一流馬が相手になる。そうそう、できるものではない。

 

実際、2011年第56回有馬記念はここが引退レースとなる名牝ブエナビスタ、ドバイワールドカップを勝ったヴィクトワールピサらが集まる、GⅠ馬9頭という超豪華メンバー。

日本の中長距離戦線のトップオブトップが集うレースだった。

 

オルフェーヴルはスタートで煽り、最初の外回り部分では後方2番手に。そして最初の正面スタンド前で行く気を見せるも内のキングトップガン、外のジャガーメイルに進路を絞められ、さらに下がってしまい、後方2番手のインに押し込められる。

 

逃げるアーネストリーと2番手ヴィクトワールピサは歴戦の古馬らしく、きっちり折り合い、ペースはさらに落ちていく。

道中では14秒4-14秒3と究極のスローで流れていった。

このペースで後方2番手というポジションは、通常であれば勝負圏外。前にいる歴戦の古馬は、この流れでは止まってはくれない。

 

この状況を察知した池添謙一騎手は、オルフェーヴルをスキをみて馬群の外に持ち出す。壁がない外に出されれば、オルフェーヴルは途端にやる気を出してしまう。

だが彼は、それをコントロールできる自信があったのだろう。

オルフェーヴルは前を追いかけすぎず、じわじわと他馬との間合いを詰めていった。

 

──そして、勝負の3、4角。

 

大外をまくりあげるオルフェーヴルは、インにいる古馬たちより大きな距離ロスを受けながら、脚色で他馬を完全に上回っていた。

形勢不利を一気にひっくり返す大まくりは、3歳馬同士だからできた芸当だったのではないのだと気がつかされる。この馬が、頂点に立つべき能力を持っていたからこそできたのだ。

 

インからしぶとく伸びる年上のダービー馬エイシンフラッシュを競り落とす姿は、馬というより獣のような走りに見えた。あまりにもそれは、俊敏過ぎた。

 

スローな流れとはいえ、オルフェーヴルは2角出口からゴールまで長い距離で脚を使った。

それも、池添謙一騎手のさじ加減に応じた緩急を効かせながら。

 

オルフェーヴルの見事なまでに完璧なレース。

それが第56回、あの2011年の有馬記念だった。

 

3歳にして古馬チャンピオンをも凌駕した若き王は、小雪が舞う中山競馬場で美しき一枚の絵画となった。

 

 

文・勝木淳

写真・Hiroya Kaneko

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