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香港ダービー遠征、珍道中〜一生忘れられない悪夢と奇跡〜

■珍事1「ご注文の商品は、品切れです」

 

香港ダービーが行われる当日の、早朝4時。

一人の男が、香港へと降り立った。

暑くもなく寒くもなく快適な気候で、最高の気分だった。

その時はまだ知らなかったのだ。

その後、数々のトラブルが待ち受けていることに……。

 

空港からアーリーチェックインをリクエストしておいたホテルへ向かうバスに乗るまでの時間があったため、向かった先は香港で有名なファストフード店。

使いこなせる広東語は「唔該」(すみません・ありがとうの両方で使える便利な言葉)のみ。カウンターで注文する際には指をさして注文するしか方法はない。

 

しかし、困ったことにメニュー表は店員の女性からは見えない位置にあり、指差しは不可能。

仕方なく、先に注文が終わっていた地元の人に通訳してもらうことにした。

無事内容は伝わったものの、何やら不穏な空気が……。どうやら注文したお粥は品切れらしい。

 

そこで、その店のオススメのものをオーダーした。出てきた料理は、牛肉が入ったインスタントヌードルに卵焼き、コッペパンのセット。何だか給食を思い出してしまう朝食だった。

 

 

そうこうしているうちにバスの発車時刻となり一路、九龍へと向かった。数人しか乗車していない車内は静かだったが、停留所を表示する電光掲示板が故障していたこともあり、一睡もできないまま、早朝の油麻地へと降り立った。

 

■珍事2「満室のため、部屋はご用意できません」

 

少しベッドで休みたい……。

早足でホテルに辿り着き、中に入るとメガネをかけた20代の男性が携帯を弄っていた。

何だか嫌な予感がする。

すぐさまアーリーチェックインを頼んでいることを告げ、パスポートをチェックされた。

しかし、最初の予感は、見事に的中するのであった。

 

「満室で部屋はご用意できません。あなたがチェックインできるのは夜9時です」

 

空は明るくなりかけているのにも関わらず、目の前は真っ暗になった。呆然としていると、可哀想に思ったのかコーヒーを差し出してくれ、続けてこう言った。

 

「400円払えば、午後2時にチェックイン可能です」

 

今度は目の前に光が差し込んだ。

当初の予定では午後1時にはシャティン競馬場に行くつもりだったため、一瞬判断に迷ったが、また後で会おうと告げてホテルを後にした。

 

■珍事3「競馬場へは入場できません」

 

午後1時45分、再び油麻地のホテルに戻ってきた。

先ほどの男性スタッフの姿はなく、そこにいたのは40代の女性オーナーらしき人物。

最初と同じく、チェックインしたい旨を告げ、続いてパスポートチェック。

しかし、出てきた言葉は先ほどと同じだった。

 

「あなたがチェックインできるのは夜9時です」

 

すかさず早朝の出来事を事細かに説明し、400円でアーリーチェックインができると言われたことを告げた。

 

だがその話はその女性に伝わっておらず、挙げ句の果てに出てきた言葉は11000円払えばチェックイン可能ということ。すでに宿泊料金を支払っているうえに追加で11000円というのは妥協できない金額であり、話が違うと口論にまで発展してしまった。

途中でチェックインに訪れた香港人の宿泊客も援護射撃をしてくれたが、30分以上経っても埒があかず、怒りのまま競馬場へと向かった。

 

──読者の方は、もうお気づきだろうか。

口論していた「彼」がパスポートを返してもらっていないということに。

外国人観光客が香港の競馬場のメンバーズエリアに入るには、入口でパスポートの提示が必要だ。それに気がついたのは馬場駅(競馬場の最寄駅)に到着する寸前で、ホテルまで戻っていると香港ダービーには間に合わない時間だった。

 

レースを楽しみにするのと同時に、何が何でも写真を撮りたいと思っていた「彼」にとってメンバーズエリアに入れないのは、わざわざ香港まで来た意味がないのも同然だった。

 

そこで、以前取材の件でコンタクトをとったことがあった広報の女性に会いに行こうと考えた。

ダメなら帰るしかないと開き直って、メンバーズエリアエントランスへ向かうマイクロバスに乗り込む。バスはわずか1分で到着し、念のためパスポートが無いが入場できるかを訪ねたが、やはり答えはノーだった。そこで受付の男性に事情を説明し、何度も広報の女性に電話してもらったが、10分経っても20分経っても繋がることはなかった。

 

しかし、それでも諦めきれずにソファーで待つこと20分ほどだろうか──再び受付の男性がやってきて申し訳なさそうな顔をして言った。

 

「残念ですが、もうすぐ入場受付を締め切ります」

その言葉に返す言葉がなく、どうしてトラブルばかり起こるのか、どうしてパスポートを返してもらっていないことに気がつかなかったのかなど、長い1日の出来事が走馬灯のように駆け巡った。

そして自分自身のことが、香港のことが、香港人のことが、嫌いになりそうだった。

 

■珍事4「……トシユキ?」

 

このまま座っていても仕方がないと思い帰ろうとした時、奇跡が起こった。

 

「……トシユキ?」

 

ふと顔をあげると……この女性こそが、探し求めていた広報の女性だった。

受付で事情を知った人達が、手分けして競馬場内で広報の女性を探し回ってくれたのだ。事情を話すと理解してくれ、特別に運転免許証の確認で快く入場を受け入れてくれる。

そして無事、メンバーズエリアにたどり着いたのであった。

レースはボウマン騎手騎乗の3番人気、フローレが勝利。

香港4歳クラシック初戦の香港クラシックマイルに続いての2冠獲得となった。

 

 

どんなに嫌なことがあったとしても、たった一つの素晴らしい気遣いで印象が大きく変わることがある。

まさにそれを実感できた今回の旅だった。

撮影場所を案内してくれたり、仕事の合間に何かと気に掛けてくれるなど、その後の素晴らしいもてなしには感動を覚えた。

 

無事に香港ダービーを観戦できたこと、写真を撮影することができたこと、この場を借りて「多謝!」(ありがとう)と感謝の気持ちを伝えたい。そしてこの出来事は決して忘れることはないだろう。

 

次回は仕事でシャティンを訪れ、自分が記事を執筆し、写真を撮影する──そして、それを発信すること。

これこそが最大の恩返しになる。

そう信じて、一歩ずつ、前へ進んでいく。

 

文と写真・三木俊幸

 

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