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邂逅〜中山大障害〜

2015年12月26日、中山大障害。

 

 

一頭の競走馬が──障害界の一時代を築いた名馬が、競走中の事故でこの世を去った。2013年中山大障害・2014年中山グランドジャンプとJ-G1連覇を達成した誇らしげな姿を、ふと思い出す。そんな彼の才を最大限に引き出した中山の障害コースが、皮肉にも彼の最期の地となった。

 

 

その障害馬の名は、アポロマーベリック。

 

いつものように……そう見えた、澄んだ瞳に鍛えられた馬体。冬の西陽が鹿毛に映え、コースに咲いた山茶花の赤が彩りを添える、堂々たる返し馬。

 

そんな彼はいつものように──少なくともファンの目にはそう映った美しい飛越で──しかし彼にとっては命をかけた飛越で、大竹柵をクリアし、次に待ち構えていた生垣の手前で競走を中止した。

 

……こと競馬において時が流れるのは早いもので、アポロマーベリックの競走馬時代を見た事のない障害競走ファンも増えていく一方だ。しかしそれと同時に「あの中山大障害のあとに彼を知った」という障害ファンもいるのだ。

 

「アポロマーベリックの飛越を動画で見て、好きになった」

 

「かっこいい障害馬がいたんだね。マーベリック、一度だけでも見たかったな」

 

と。

 

2013年から2014年、彼に魅せられて障害競走に惹き込まれたファンも多い。

写真に収めた彼の勇姿は、今も色褪せることはない。

新たなファンを惹き込み障害競走に貢献するアポロマーベリックは、障害界に「生きて」いるとも言える。

 

 

たとえあの日、大障害コースの華と散ったとしても。

 

 

「またマーベリックのような障害馬に会いたい」

 

その願いを叶える偉大な存在が、彼の去ったターフを……障害コースを駈けている。オジュウチョウサンやアップトゥデイトを始めとした、その後の障害競走を賑わせている人馬だ。

 

 

平地への挑戦を掲げたオジュウチョウサンの、その怪物じみた強さと名勝負・名障害競走に心を打たれたファンやマスコミによって、障害界にスポットライトがあたり始めた。同時に過去の名障害馬たちも再び陽の目を見る事となり、彼らとファンの邂逅のきっかけとなる。

 

 

非開催の中山競馬場。

 

かつてアポロマーベリックに声援を送ったスタンド、彼が帰ってくるのを待ったウィナーズサークル前と、鮮明に蘇る記憶を辿ってみる。

 

しかし何度それを繰り返そうと記憶の結末は、彼に二度と会えないというもの……それが現実だ。

 

中山に生きた障害王者。きっと、後世に語り継がれるであろう。そしてそのきっかけは様々だ。写真の中に見る勇姿かもしれない。不意に誰かが口にした言葉かもしれない。

 

「アポロマーベリックって、かっこいいね」

 

ファンのその言葉は紛れもなく、障害競走にスポットライトをあてた障害馬たちや障害騎手、マスコミ、ファンの「意志」の表れだろう。

 

それは競走という使命を終えた競走馬と障害界の「いま」を繋ぐ、架け橋となっている。

きっと、これからも。

 

 

 

春秋・中山大障害は、幾多の名馬が駈け抜けた精鋭たちの華舞台。そして年に2回行われるJ-G1の時のみ使用される大障害コースこそが、マーベリックの最も輝いた舞台である。

 

師走の中山競馬場。

 

鮮やかに咲いた山茶花の赤、どこまでも広がる冬空の青と、芝の緑。大障害コースの彩は、決して色褪せない。そこは競走生活を終えた障害王者の記憶と、今まさに誕生せんとする障害王者が邂逅する場所だ。

 

私の記憶の中のアポロマーベリックの姿は、障害王者たる凜々しい姿で、力強い走りと華麗な飛越を魅せる勇姿のままだ。J-G1の優勝レイが、よく似合っている。

 

哀しみを引きずる事と、偲ぶ事はきっと違う。その名を記憶に刻み語り継ぐ事は決して、悲壮に満ちたものではない。

 

 

だからこそファンは、障害界の「いま」を応援し続けるのだ。

 

 

──まだ障害競走を、目前で見たことがない人たちへ。

もし事情が許せば、中山大障害を現地観戦しては如何だろうか。大竹柵や大生垣を飛越するたびに張り詰める空気に込められた祈り。全人馬が無事完走した時の拍手。

そして、障害王者誕生の瞬間に沸く中山競馬場。

 

今年も、来年も、この光景が見たい……そう願い、私たちは足を運ぶ。障害競走に携わる人馬の憧れ、華の中山大障害へ。

 

障害王者誕生の瞬間に、立ち会うために。

 

そして、かつて大障害コースを駈けた名障害馬との邂逅を果たすために。

 

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文・川井旭

写真・びくあろ、すぺっきお、たちばなさとえ、がんぐろちゃん