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ベストパートナーを背に放った閃光 2007年・帝王賞

 

「南関名勝負」第2回は2007年の帝王賞を取り上げます。この年は日本がパートⅠ国に昇格したことに伴い、初めてJpnⅠとして行われることになりました。

人気はJRA勢5頭のうち3頭に集中。

そのなかで圧倒的1番人気に推されたのは、前年6歳を迎えて本格化しここまでGI級5勝──さらには短距離からマイル、中距離と距離適性を広げ、東京大賞典を制するなど中距離路線でも王者として君臨しつつあった──幸騎手騎乗のブルーコンコルド。

次ぐ2番人気は、それまでGIで2着が9回もありながらあと一歩戴冠に届かず、悲願のGI級制覇を狙う武豊騎手騎乗のシーキングザダイヤ。3番人気にはこの年のフェブラリーSでブルーコンコルドを抑え初GI制覇を達成していた安藤勝己騎手騎乗のサンライズバッカスが支持されました。

その他にもダートグレード5勝の船橋トーセンジョウオー、久々に的場文男騎手を鞍上に迎えたボンネビルレコード、JRAの古豪クーリンガー、翌年佐賀記念を制することになる兵庫チャンストウライ、次走で地方馬初のJBC制覇を達成する大井フジノウェーブ、ダートグレード2勝の笠松ミツアキタービンなど、バラエティーに富んだメンバーとなりました。

 

 

良馬場で行われたこのレース。

スタート後の長いホームストレッチを使った先行争いでは、シーキングザダイヤが外枠から押し気味に位置を取りにいき、1コーナーを前にすかさずインに入れて好位置を奪取します。シーキングザダイヤより更に外枠の8枠14番からのスタートとなったボンネビルレコードも、その後ろをピッタリとついて絶妙のタイミングで内ラチ沿いへと誘導。中団やや後ろの外目でブルーコンコルドはやや掛かり気味、サンライズバッカスは後方でジックリと追走していきました。

1コーナーで、早くも隊列は縦長に。

 

向正面に入ってからも淡々とした流れで隊列は変わらず、動きがあったのは3コーナー。

中団のブルーコンコルドがいち早く仕掛けて外を一気に押し上げると、サンライズバッカスがそれを追っていく形に。

外を回る2頭と対照的に、好位のシーキングザダイヤはインで手応え十分で、その後ろのボンネビルレコードもインにピッタリ。虎視眈々と獲物を狙うかのように脚をタメていました。

 

直線に入ったところで、シーキングザダイヤが内を捌いて逃げるトーセンジョウオーを捉えて抜け出しを図ります。その外から襲いかかるブルーコンコルド、次いでサンライズバッカス。人気3頭横並びでの追い比べかと思わせたところで、息を潜めながら内からスルスルと迫ってきていた一頭。

 

実況の及川アナが“最後の直線の攻防”で初めてその馬を認識し──名前を口にした時は、既に先頭に並び、抜け出そうという態勢。

激しく馬を鼓舞する豪快なアクション。

その馬は、的場騎手のボンネビルレコードでした。

そこからは的場騎手の追いに応えてグングンと加速し、ブルーコンコルドもジリジリと引き離され、3番手サンライズバッカスも同じ脚いろに。直線に入る前の1ハロン13.2から直線12.4─12.3と一気の加速ラップの決着となった帝王賞。

ギリギリまで脚をタメ、引き絞った弓から放たれた矢のようにゴールという的へ向かって駆け抜けたボンネビルレコードが初のGI級タイトルを手中に収めました。

 

 

このレースで勝負の分かれ目となったのは、やはり的場騎手のスタート後の位置取りでしょう。勝負にいくためにはこれしかないといったラチ沿いへのこだわりが見えました。この帝王賞については的場騎手は自身の著書でも言及しています。

 

「強い馬のうしろについて行けば、自然と行く道が開けます。4コーナーまで、ピタリとうしろを離れませんでした」

──的場文男『還暦ジョッキー がむしゃらに、諦めない』 KADOKAWA、2017、97頁

 

「この開催では、コースの内も外もだいたい平均していましたが、少しだけ内の砂が浅いかなと感じていました。(中略)それでこのときは内にこだわりました」

──的場文男『還暦ジョッキー がむしゃらに、諦めない』 KADOKAWA、2017、97頁

 

完璧なレースができました。強い相手には完璧なレースをしないと勝てません」

──的場文男『還暦ジョッキー がむしゃらに、諦めない』 KADOKAWA、2017、98頁

 

 

このように、勝つためにはどうすべきかを考え、すべてが完璧に噛み合ったと的場騎手自身も感じていたことが窺えます。

ボンネビルレコードは74戦中59戦で的場騎手が手綱を取り、癖も特徴も知り尽くしている馬でした。JRA移籍後3戦は騎乗機会がなく、結果も出ませんでしたが、久々に騎乗機会を得たこの帝王賞では「ボンネビルレコードのベストパートナーは的場騎手」を印象づける鮮やかな勝利を挙げました。

 

その後数戦は再び別の騎手で走ることになりましたが、南関東に遠征してきた時、大井に再移籍したあとも含めて、帝王賞以降ボンネビルレコードが積み上げた3勝はすべて的場騎手とタッグを組んだ時のもの。

10歳まで走り続け、GI級は2勝。

取りこぼしも多かった馬ではありますが、時に見せる豪快な走りが「記録よりも記憶に残る」、そんな馬だったのではないでしょうか。

引退後、ボンネビルレコードは大井競馬場で誘導馬へと転身しました。

ボンネビルレコードが好きだった私は、今でも彼に会いに大井へと足を運びます。

 

 

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