父と、競馬場へ。〜新潟ジャンプステークス観戦記〜

事の発端は、その1ヶ月前に遡る。

小倉サマージャンプを現地観戦すべく準備を進めていた矢先に発生した台風12号──東から西へ逆走するという異例のコースを辿ったこの台風が、よりによって週末に九州北部を直撃したのだ。

出発前日のギリギリまで小倉行きを強行するかどうか迷ったが、家族に心配をかけてまで出掛けるのは本意ではない。泣く泣く小倉行きを取り止めた。

「あーあ、天気が相手だから仕方のないこととはいえ、やっぱり小倉へ行きたかったなぁ……」
「……そうだ、それなら来月の新潟ジャンプステークスを見に行こうかな?」

小倉行きを断念したことで落ち込んだ気分が、瞬時に浮上する。
そして、それと同時にある考えが頭をよぎった──思い立ったが、吉日!

早速、父に話しかけた。

「あのさ、小倉へ行けなくなった代わりに、来月新潟へ行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」

かくして1ヶ月後。
私は父と二人、新潟行きの上越新幹線Maxとき号の車内に居た。

私も両親も、新潟県出身だ。

父は幼い私を新潟競馬場へよく連れて行ってくれた。
当時住んでいた長岡市から新潟競馬場まで、およそ70km離れているにもかかわらず、月に何度も行っていたのだから、そのバイタリティたるや恐るべし、である。
そんな父からの英才教育(?)の効果もあってか、私は今や障害レース見たさに全国を巡るまでになったのだから、「競馬のためなら何処へでも」という気質は、親から子へとしっかり受け継がれたらしい。

大宮駅から1時間半で、新潟駅に到着。
新潟駅から競馬場まではバスで30分ほど。幸いにも渋滞に巻き込まれることもなく、すんなり到着した。

帰って来たぜ!新潟競馬場っ!

東京に住むようになって、今では東京競馬場や中山競馬場へ行くことの方が多くなったけれど、やっぱりここが私にとっての『ホーム』なのだ。

1Rのファンファーレが場内に響き渡る。

──あぁ、新潟競馬場で聴くこのファンファーレ、格別だなぁ。

この日は新潟ジャンプステークスの他に、4Rにも障害未勝利戦が組まれていた。
新潟競馬場の障害コースは、中山競馬場のように専用の障害コースがあるわけではなく、芝コースにハードル障害を設置する形式をとっている。
障害の高さも120cm〜130cmと、他場に比べて10cmほど低く、難度は全場で最も易しい部類に入るコースだろう。

芝コースが元々平坦な上に障害も易しいとあって、新潟の障害競走は速い時計の決着になることが多い。ここでは、高く確実な飛越よりも、低くてもスピードの落ちない飛越が有利だ。
コースや障害によって、求められる飛越にも違いがあるのだから、障害レースは面白い。

さて、スタンドからしばらく歩いて、芝コースに設置された4号障害の近くへやって来た。
ここは観戦エリアの端になるので、レース全体は見づらいのだけれど、現地に来たからにはやはり障害飛越を近くで見たいのだ。

風音に交じって、遠くでファンファーレが聴こえた。向正面のゲートから飛び出した各馬が、やがてこちらへ向かって来る。

そして一団となって目の前のハードル障害を飛越!

うおおお!!!
この飛越のスピード感、すっげえええ!!!

一人興奮している間に、レースは2周目、そして終盤に差し掛かる。目の前の4号障害は最終障害でもある。リノリオとクリノヴェルサイユが並んで飛越していった。

2頭の後ろ姿が、あっという間に遠くなる。

ふと障害に目を戻すと、シンガリの馬が今まさに飛越するところだった。

決して上手な飛越ではない。
先頭は遥か彼方だ。
それでも人馬は、懸命にゴールを目指している。その姿に、強く心が惹かれた。

障害未勝利戦が終わってお昼休み。

新潟競馬場へ来たら昼食はこれにしようと心に決めてきた一品がある。

イタリア軒の、タレカツ丼!

イタリア軒はかつて新潟競馬場の旧メインスタンドに入っていて、そのタレカツ丼は父と一緒に良く食べた、言わば「思い出の味」なのだ。

そうそう!これだよ、この味!

久しぶりに食べたけれど、やっぱり美味しい!

お腹と心が満たされて、さぁ後半戦へ。

8Rは、新潟ジャンプステークスだ。

多士済々な顔ぶれとなったこの一戦。マドリードカフェが1番人気に推された。

黒く雄大な馬体がとても格好良い。これまで障害で3戦3勝、まだ底を見せていないものの、今回は1年3か月ぶりのレース。非凡な障害センスは認めるけれど、まずは無事に周ってきて欲しい、とも思った。

どの馬を本命に推そうか迷ったのだけれど、タマモプラネットに決めた。

タマモプラネットといえば、昨秋の東京ジャンプステークスで小坂忠士騎手を背に果敢な大逃げを打ち、絶対王者オジュウチョウサンに対してあわや金星か、というレースを繰り広げたのが記憶に新しかった。

そんな大胆な騎乗をする小坂騎手が、前走のレース後に「次は何か考える」と言っていたのが気になっていたのだ。

スタートして間もなく、大方の予想通りにタマモプラネットが先頭に立った。このまま後続を引き離しにかかるかと思いきや、2番手との差は広がっていかない。

特にペースが上がらないわけでは無い。むしろ鞍上は抑えている。目の前を駆け抜けたタマモプラネットと鞍上の様子を見て、これは狙い通りのレースが出来ているのだと確信した。

向正面に入りペースが上がっても、手応えはまだ十分残っているように見えた。これは狙いが嵌ったんじゃないか。期待が大きく膨らむ。

行け!

タマモプラネット!!

しかし、最終障害を飛越した後に、タイセイドリームが内からグングン伸びる。

タマモプラネットもなんとか抵抗しようとしたが、差し返すことは、出来なかった。

結果は、3着。

障害デビュー以来ずっとコンビを組んでいる小坂騎手が、考えて、考え抜いて、勝ちにいった結果だ。望んだ結果は出なかったかもしれないけれど、心から拍手を贈りたい。

タマモプラネットと小坂騎手、本当に頑張った!

勝ったタイセイドリームは、屈腱炎を克服して2年ぶりの重賞制覇となった。

これは簡単に出来る事では無いし、関係者がどれほど尽力したかは想像に難くない。そして、強い障害馬がまた一頭帰って来てくれたことがなにより嬉しい。

暮れの中山がまた楽しみになったレースだった。

楽しい時間はあっという間に過ぎるものだ。
あとは最終レースを残すのみ。
最後は外で見よう、と父を誘う。
埓沿いに父と二人並ぶ。

──父を連れての、新潟競馬場。

私が子供だった頃、父によく連れてきてもらった新潟競馬場へ、今度は私が父を連れて訪れる。
いつかやりたいと思ったことを、この日ようやく実行することが出来た。
少しは親孝行になっただろうか。

これからも一緒に、たくさん競馬場へ行けますように。
そう願う私の前を、一頭のサラブレッドが駆け抜けてゆく。今まさに新しい時代を切り拓かんとする、新進気鋭の女性騎手を乗せて。

帰りの新幹線まで少し時間があったので、駅構内の寿司屋で軽く打ち上げをすることにした。

新潟の寿司は美味しい。
新潟のお酒も美味しい。
この美味しさの前では、競馬で負けたことなんて瑣末事に過ぎないのだ。

……うぅ、でもタマモプラネットが、せめて2着に残ってくれていたらなぁ。

飲みながら、父と競馬の反省会は続く。
ああ、こうやって今日のレースを振り返ってああだこうだ言っているのも楽しいな。

……そうだ。

「今度は、いつ競馬場に行こうか?」

写真:びくあろ

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