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追い込み競馬の醍醐味~ローズムーン・1994年中山大障害(秋)〜

 

「好きなおかずは、最初に食べる?それとも、残しておいて最後に食べる?」

私に競馬を教えてくれた母親方の伯父さんと、競馬場のレストランでお昼ごはんを食べながらこんな質問をされた。

 

「楽しみは後に取っておきたいから、最後に食べるかな」

「じゃあ、追い込み馬が好きでしょ?」

「どうして?」

「追い込み馬がやって来るのを待つのと、好きなおかずを最後まで残しておく心理は、とても似ている気がするんだ」

 

好物を最初に食べるか最後に食べるかで、競馬の好きな脚質を見分けるとは新しい視点だと思った。でも私は、伯父さんに対してこう答えた。

 

「好きなおかずは最後だけど、競馬は逃げ馬が好きかな。伯父さんは?」

「追い込み馬だよ。逆転のドラマが詰まっているからね」

 

伯父さんは満面の笑みで、そう答えた。

 

 

そんな逃げ馬好きの自分も、追込馬好きな伯父さんも、一緒になって驚かされたレースが1994年の中山大障害(秋)だった。

 

 

 

この年の障害界を牽引したのは、ブロードマインド。

オープンまで進んだ平地力もさることながら、抜群の飛越能力を備えたこの馬は、93年秋→94年春と中山大障害を勝っており、ここを勝てば『中山大障害、3連覇』という偉業を成し遂げることになっていた。

 

そんなブロードマインドは、この94年の中山大障害(秋)では単勝1.5倍という圧倒的な支持を受けていた。

 

2番人気には関西からの刺客、タイヤン。障害転向後は、5戦負けなし。前走の京都大障害(秋)では後続に影も踏ませぬ大逃走劇を演じて勝利し、この暮れの中山大障害に乗り込んできた。

 

3番人気には、ユーワハッピーが推されていた。障害戦で初勝利を収めるまでに3戦を要したが、2連勝中という勢いも買われ、単勝オッズは10倍を切る支持を集めていた。

 

馬券の対象になるのはこの3頭というのが大方の予想だった。それ以外の5頭は“その他大勢”という扱いで、8頭によるこの年の中山大障害のゲートが開いた。

 

 

 

順調な障害飛越を続けていた出走各馬だったが、年に2回しか使用されない名物障害・大生垣で2番人気タイヤン、3番人気ユーワハッピーが相次いで落馬。高さ160センチ、幅240センチという難関障害で「打倒ブロードマインド」の有力候補が同時に競走を中止してしまい、場内は大きくどよめいた。

 

こうなると、多くの人の注目はブロードマインドの3連覇へと移った。

ライバルと目された馬が居なくなり、先頭に立ったブロードマインドは軽快な走りを続けていた。後続にどれぐらいの差をつけるかが焦点のレースになったかと思われた。

 

ところが、ブロードマインドにいつものような脚がないことに気付いた観衆は、再びどよめくことになる。

最後の障害飛越を終え、後続を突き放しにかかるいつものブロードマインドの姿はそこになかったのだ。ズルズルと後退していく様子をみて、大波乱の予感が競馬場を包み込んだ。

 

最後の直線の芝コースに入ると、外からローズムーンが伸び、鞍上の五十嵐久騎手が派手なガッツポーズを決めて1着でゴールしていた。

 

ローズムーンは、この出走メンバーで唯一の牝馬。

しかも8頭立ての8番人気、つまり最も人気のない馬だった。

平地時代は芝の中長距離を使われ19戦1勝。障害戦では2戦目で未勝利を勝ち、その後400万下(当時)と障害で2勝を挙げていたが、オープンや重賞での連対経験はなく、また最後の勝ち星からも1年遠ざかっていた。ほとんどノーマークだったのは、仕方のないことなのかもしれない。道中も集団からさらに離れた後方をポツンと追走し、実況でも

「ローズムーンは大きく離され苦しいか」

と、完全に圏外扱いをされていた。

 

4分40秒6の大逆転劇が完結した場所は、ちょうどゴール地点。2着のフジノスラッガーを、クビだけ差し切っていた。

 

鞍上の五十嵐久騎手はこのレースが評価をされ、騎乗数が増えて一流騎手への階段を登り始めたのだが、思わぬ形で競馬界を去ることになってしまう。

ローズムーンで中山大障害を勝った翌年の4月、バイク事故でこの世を去った。24歳という若さで天に召されてしまったのだ。

 

ちなみに、彼が生涯最後の勝ち星を挙げたのはネイビーソルジャーという馬である。

中山競馬場での障害未勝利戦で、10頭立て9番人気という、単勝90倍を超える馬を見事勝利に導いたのが彼の最後の騎乗でもあり、最後の勝利でもあった。

もし存命であったなら“障害界の穴騎手”として、長きに渡り頼りにされる存在になっていたのではないだろうか。

 

中山大障害を勝ったローズムーンは、その後も障害戦を2回使われたが、ともに着外。

文字通り、一世一代の豪脚を中山大障害で見せてしまったのかもしれない。

けれど、あの年の暮れに見せたパフォーマンスは何年経っても色褪せないし、それ以降も牝馬で大障害を制した馬は、令和になった2019年現在まだ現れていないということは、特筆すべきことだと思う。

 

競馬場でお昼ごはんを食べているとき、好きなおかずを食べようと最後にお箸を伸ばす瞬間は、今でも冒頭の伯父さんの質問と、ローズムーンのことを同時に思い出す。

 

今度、伯父さんと競馬場に行ったら、好きなものを最初に食べるか最後に食べるか、私から聞いてみたい。

そして、このローズムーンの話を、久しぶりにしてみようかと思う。

 

文と写真・ポラオ

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