2015年のチャンピオンズカップの日、中京競馬場はとてつもなく混んでいた。

私は指定席を押さえていたのだが、チャンピオンズカップは口取りの集合場所から近い場所で観ようと思っていた。一口出資馬であるサンビスタの口取り権利が当たっていたからだ。

しかし一般席エリアのその場所は、前が見えないぐらいに混んでいた。やむを得ず指定席に戻って、チャンピオンズカップを観戦することにした。

ガラス張りの指定席でレースを観ていた私が最後の直線で「デムーロ!」とガラス越しに何度も叫ぶと、デムーロ騎手を乗せたその馬は私の叫びに応えるように馬群を抜け出して伸びて来た。

場内には実況の「サンビスタ、サンビスタだ!」という声が流れてくる。

緑、赤襷、赤袖白一本輪のユニオンの勝負服を着た騎手を乗せた黒鹿毛の馬が、先頭でゴール板に到達した。サンビスタが勝ったのだ。

馬券はサンビスタからの馬連で勝負をしており、1着の馬が決まっただけでは的中かどうかは分からない。しかし、私は1着の馬を確認すると2着の馬が何かも確認しないまま、一目散に座席から後ろの通路へと向かった。

大急ぎで4階の指定席エリアから階段を駆け下り、1階にある総合インフォメーションまで猛ダッシュ。

一生に一度あるかないかのGIレースでの口取り参加だ。せっかくその権利を手にしたのだから、集合に間に合わずに参加できないということは避けたい。そう思って一目散に口取りの集合場所へと急いだ。

やがてクラブの係員や他の出資者と思わしきスーツ姿の人達が視界に入ってきた。みんな嬉しそうな表情だ。

どうにか間に合い、口取りに参加できるようだと、胸を撫で下ろした。

サンビスタは前年のチャンピオンカップでは4着だった。ただ、かねてから目標にしていたわけではなく、JBCレディスクラシックを勝った後で余力があったので、急遽参戦を決定して臨んだ形だった。

しかし、2015年は違った。

最初からここを目標としてきて、ミルコ・デムーロ騎手を鞍上に据えての参戦である。二連覇を目指した前走のJBCレディスクラシックは3歳馬ホワイトフーガにちぎられて2着に敗れているものの、他の馬には完勝という内容。

前年(JBCレディスクラシックに勝利)と比べても、ステップとしては悪くない。

それでいて単勝が50倍を超えるのは魅力的だったので、馬券においても本命とした。

レースが始まると、サンビスタはスタートをきっちり決め、道中は中団の内側に付け、コーナーは最内の経済コースを回ってきた。そして直線に入ると開いた所をうまく抜けて、前でやりあっていた馬たちを交わして伸びてきた。私が「デムーロ!」と大声で何度も叫ぶのとタイミングを同じくして更に加速すると、1馬身半抜け出して勝利を物にした。

出資馬がGIを勝つということ自体、なかなかあることではない。

ましてその口取りに参加できるなんて、それこそ一生に一度あればいい方だろう。感無量である。検量室で待機していると、当時角居厩舎ブログでおなじみだった担当の前川助手が嬉し泣きをしていた。

地方競馬と違って中央競馬では、口取り写真もウイナーズサークルの近くの観客席から見えるエリアで撮影する。芝コースに出ると埒の向こうにはGIの表彰式に注目している多くの人達の姿が見えた。

もちろん観客のほとんどは、口取り式に参加している20人の出資者の一人である私などには、注目していない。しかし、我が愛馬サンビスタには大いに注目している──それで、十分だ。

荷物を置きに行っていたせい遅くなり、最も端の場所となったが、多くの観客の見守る中、口取り写真に収まった。

それは、一生忘れられない思い出になるだろう。

口取り式が終わって、携帯を使えるようになってから2着以下の結果を確認したところ、2着はノンコノユメだった。馬券も当たっていた。愛馬サンビスタを軸に流した馬連万馬券が的中し、二重の喜びとなった。

管理調教師である角居調教師はレース後のコメントで「まだ走れそうだし引き続き好調なので東京大賞典も視野に入れる」と話していて実際に登録もあったが、関係者で協議をした結果、チャンピオンズカップをラストランとして引退する運びとなった。

厩舎サイドとしてはぎりぎりまで使いたいが、牧場サイドはこれだけ結果を残したのだから早めに繁殖入りさせたかったのだろう。

結果的にラストランとなったレースで大金星を挙げ、有終の美を飾ることとなった。最後に、競走馬生活の中で最も大きな仕事をしてくれた。

その1年前、チャンピオンズカップで4着だった直後に、私はユニオンオーナーズクラブの会報「My Horse」の会員を紹介するコーナーの取材を受けていた。そのときにユニオンに入会したきっかけを聞かれたので「サンビスタに出資したかったからです」と答えた。

JBCレディスクラシックを勝ってチャンピオンズカップで4着に好走したから、リップサービスで言ったのではない。本当に、最初からそうだったのである。

私はオーナーブリーダーであるグランド牧場のファンである。

ファンになったきっかけは、粋な名前の馬が多いからというものだ。

カミワザ、ホンモノ、イッポンゼオイ、オトコップリ──粋な馬名は、枚挙にいとまがない。そのグランド牧場のホームページを見ると、ユニオンに提供した馬の紹介があった。グランド牧場はユニオンの株主であり、競走馬の提供もしているようだった。

ファンになった理由は馬名を付ける際のネーミングセンスに惹かれたというものなので、どちらかといえば「生産者グランド牧場」よりも「馬主グランド牧場」のファンなのだが、一口出資するのなら馬主はそのクラブ(正確にいうとクラブと連携している競走馬所有会社)になるので「馬主グランド牧場」という馬は当然のことながら出資しようが無い。

……というわけで「生産者グランド牧場」の馬に出資すべく、ユニオンオーナーズクラブに入会することにしたのだ。

入会したのは2011年の5月であり、2歳世代の馬の募集締め切りの直前だった。その時点で、サンビスタは満口になっていなかった。

父スズカマンボ、母ホワイトカーニバルという父母ともにグランド牧場生産馬で、グランド牧場ゆかりの血統の結晶のような馬が、である。

母は私が現役時代注目していた重賞勝ち馬であり、父も地味さはあるものの、そこそこ活躍馬を出している。

また、その馬はかの名門角居勝彦厩舎に入厩予定ということだった。

角居調教師といえば元グランド牧場社員でもある。リーディング上位の人気厩舎に入ってもなかなか使ってもらえなければ意味が無いが、角居厩舎にグランド牧場生産の馬が入厩するのなら、きっと大事に使ってもらえるだろう。

このような魅力的な馬が満口にならずに残っているのなら出資するしかないと思い、その世代の募集締め切りギリギリに急遽入会し、サンビスタ号に出資することとした。

私がギリギリのタイミングで出資したことでサンビスタは満口になった様で、後にグランド牧場の社長さんとお会いした時に冗談半分で「うちの取り分を取られたな」と言われた。

「GIIIの1つか2つは勝つだろう」と思ってサンビスタに出資したのだが、GI級競走2勝を含む重賞6勝と、期待以上の活躍をしてくれた。

しかもGIのうち1つは牡馬も混じった中央競馬のGIチャンピオンズカップという、偉大なる実績である。

ダートの中長距離で牡馬一線級と互角に戦える牝馬など滅多にいるものではない。ジャパンカップダート時代も含めて、牝馬がチャンピオンズカップを勝つのは史上初のことだった。そもそも牝馬がJRAのダートGIを勝つこと自体、史上初の快挙だったのだ。

厩舎側はまだ使いたかっただろうが、牧場側にとっては大事な自家生産の繁殖牝馬である。単に強いとか血統が良いというだけではなく、牧場のゆかりの血を何代も重ねてきた馬なのだ。曾祖母であるグランドリームがグランド牧場にやって来て、それにパークリジェントを付けてイエローブルームという馬が産まれた。そのイエローブルームにミシルを付けて産まれた牝馬ホワイトカーニバルが重賞フェアリーステークスを制覇……。余談だがそのちょっと前にグランド牧場の所有馬でフェスティバルという馬が活躍したので、この時期のグランド牧場の所有馬にはカーニバルと付く馬名が多い。そのホワイトカーニバルにグランド牧場生産馬として初のGI馬となったスズカマンボを付けて産まれた夢の血統の馬こそ、サンビスタであった。

同じラテンミュージックでもマンボではなくサンバなのは、母の名前のカーニバルからリオのカーニバルに因んだ馬名としたのだろう。

そんな牧場ゆかりの血統の牝馬なので、結果も残したあのタイミングで、そのまま無事に繁殖に上げたかったという思いが推察できる。

もちろん、(一口)馬主的にはもう少し走って賞金も稼いで欲しかったというのが本音であるが、クラブ規定では牝馬は6歳2月で引退のところを延長してもらい、その1年弱でそれまで以上の活躍を見せたのだから、これ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。

翌年3月、大阪のホテルの宴会場でサンビスタ号チャンピオンズカップ優勝祝賀会が行われた。

これで引退ということもあり、以前行われたJBCレディスクラシックの祝賀会よりも多くの人が参加していた。

種付けシーズンのせいかグランド牧場の社長さんは来ていなかったが、社長夫人が挨拶をしたのを記憶している。その社長夫人の挨拶の中で、サンビスタには初年度の種付け相手としてルーラーシップを付けたということが発表された。

ルーラーシップは、現役時代には同じ角居厩舎に所属していた馬であり、楽しみな血統である。その仔は生まれる前から所属厩舎が決まっているようなものだった。

生まれた仔は牝馬だったのだが、ユニオンで募集されて総額7000万円(サンビスタの約5倍)と牝馬にしては破格の値段が付けられていた。

しかし、高い馬であるが、もし出資せずに大活躍したら絶対後悔するだろうから、出資しないという選択肢はない。

私の夢の続きは、サンジョアンと名付けられてデビューを待つ、その第1子に託されている。

写真:tosh

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