デビューを迎えることの難しさ〜命名馬の新馬戦を見て〜

 

三冠牝馬アーモンドアイ、国内外でG1連勝中のリスグラシューをはじめ、11頭のG1馬が出走し、大いに盛り上がりを見せた2019年の有馬記念。

 

しかしその12月22日、私が注目していたのは中山競馬場で行われる有馬記念ではなく、阪神6Rの新馬戦に出走するサンドジョーカーという馬でした。

今回はそのサンドジョーカーがデビューに至るまでの話をしていこうと思います。

 

 

 

 

■サンドジョーカーの血統とは?

 

サンドジョーカーは、日高町にある船越牧場に生をうけました。

サンドジョーカーの父であるスマートファルコンは2007年にデビューしてから2012年に引退するまでの6年の間ダート界で活躍を続けた名馬です。デビュー当初は岩田騎手らとコンビを組んで活躍していましたが、5歳秋に武豊騎手とコンビを結成すると、地方交流重賞で破竹の9連勝を達成しました。

また、サンドジョーカーの母テールバインダーは、地方競馬で106戦をこなし7勝。大きな怪我もなくコンスタントに走り抜いた、鉄の女と呼ぶにふさわしい馬です。

母父は欧州のカコイーシーズ。欧州・アメリカを転戦し、名馬ナシュワンと凌ぎを削った名馬てま、ジャパンCにも出走し3着に入った名馬です。

 

 

■出会いはまさに「一目惚れ」

 

私の実家は、既に廃業となっていますが、競走馬の生産をしている牧場で、私にとって競馬は幼い頃から身近なものでありました。

そんな私を更に競馬にのめり込ませたのは、競馬界のレジェンド・武豊騎手。きっかけは1996年に行われた、あの伝説とも呼べる阪神大賞典。シャドーロールの怪物とも言わしめたナリタブライアンでしたが、故障後は不振に苦しむ事に……。しかしそのナリタブライアンに騎乗しマヤノトップガンとのマッチレースを制し、見事に復活Vに導いた手腕に一目惚れ。

そのレース以降私の「競馬」の原点は武豊騎手と言っても過言ではない程なのです。

長く大活躍を続けていた武豊騎手でしたが、私の青春時代には怪我等の影響もありスランプで苦しんでいました。そんな苦しい時期にコンビを組み、当時の武豊騎手を支えていたような存在がスマートファルコンでした。彼らのレースに、当時学生だった私は大変興奮していました。

 

時が経ち、社会人になった私は大ファンである武豊騎手に乗ってもらいたい一心で、一口馬主を始めました。

そしてクラブの出資募集カタログをみた瞬間、とあるページで思わず手を止めます。カタログ越しでありながら、まさに運命的な出会い──そう感じさせるほどの衝撃をうけました。まさに、一目惚れでした。

その馬こそテールバインダー17。

応援していた、スマートファルコンの産駒でした。

それからしばらく、募集段階で投稿される動画を、数えきれないほど見返します。雄大な馬体・ターフに栄えそうな鹿毛・のんびり屋だという性格・血統と、全てが私を虜にしました。

「この馬に出資しなければ後悔する!」と思い、早々に出資申し込みをしました。

 

 

■運命の出会いは加速、まさかの命名者に。

 

一口馬主の序盤におけるメインイベントといえば、「馬名応募」が挙げられます。

毎年楽しみにしている人も多いのではないでしょうか?

私も、例外ではありませんでした。私が入会しているYGGオーナーズクラブは出資者から馬名を募集し、クラブの社員で選考。そこで最終候補を絞り、さらにそこから出資者で投票する、という形式をとっています。

運命の出会いに引き寄せられるように出資した私は、応募する名前はすんなりと決まりました。

父スマートファルコンのようにダート戦線を盛り上げてほしいとの想いを込めて、「砂の切り札」という意味のサンドジョーカーという名前で応募しました。正直、応募当初は選ばれる気は全くしていなかったのですが、だんだんと日がたつにつれ『もしかして、選ばれるのでは?』と思うようになっていました。

そして最終候補に残った段階で「これは確実に選ばれるでしょう!」と不思議な自信に満ち溢れていたのを覚えています(笑)

そして結果は、出資者による投票により見事選出。決まった瞬間は、思わず飛び上がりました。誇張でもなんでもなく本当に飛び上がり、祝杯を上げました。

運命って本当にあるんだなと、しみじみ思ったものです。

こうして「テールバインダーの17」もといサンドジョーカーへの思い入れは、さらに強くなりました。

 

 

■入厩、そしてゲート試験!高まる期待からの頓挫。

 

馬名決定後は2週間に1度のホームページ更新を心待ちに、日々を過ごしていました。それはもう、遠くの地で頑張る息子を思う父親のようなものでした。

そして4月26日に、管理する高橋康之厩舎に入厩。そのままの流れで5月11日にゲート試験で無事合格をおさめます。

デビュー戦を6月16日に見据え、順調に調整を進めていたので『新馬戦が楽しみ!』『そのまま勝ったらどうしよう!』ということばかり考えていました。

『早る気持ちを抑えなければ!』『私が馬っ気だしてどうするだ!』と折り合いをつけようとするものの、私のテンションは最高潮に達していました。

 

しかしこの高揚感はいつまでも続くことはなく、サンドジョーカーは6月6日の調教中にトモの筋を伸ばしてしまいます。そして経過観察をすることが決まり、その4日後には療養牧場である島上牧場に、治療のため放牧に出されることとなり、デビューの話は白紙となりました。

ここで私は『なんとか軽症であってくれ』と1週間モヤモヤとした気持ちで過ごすこととなります。

幸いにもその後、軽症との診断が発表され『良かった……』と胸をなでおろしました。

それ以降、少しでも経過が知るためにクラブ更新を逐一チェックしていましたが、患部の熱発はおさまっても、腫れがなかなか引かないようでした。

そのまま治療の日々が続き、『こうなったら会いに行ってみようか?』等と考えながら、やはりモヤモヤとした気持ちで日々を過ごすことになりました。

 

 

■完治し、再入厩。そしてデビューへ。

 

そしていよいよ、モヤモヤとした日々に終止符を打つ時が来ました。

8月末、ついに完治という診断がくだされたのです。

晴れて、サンドジョーカーは療養先の島上牧場から吉田ステーブルに移動となりました。その時、島上牧場には様々なケアへの感謝の気持ちでいっぱいになったのを覚えています。

吉田ステーブルでは再入厩に向けて調整することとなりましたが、放牧中も高橋先生はサンドジョーカーの状態を定期的にチェックしてくれていたこともあり、スムーズな調整が出来ていたように感じました。我々出資者からしたら、感謝の一言に尽きます。

そうして順調に再入厩に向けての調教がなされ、11月の始めにはもはや15-15では抑えきれないくらい、サンドジョーカーの状態は上向いていました。サンドジョーカー自身も『もう良くなったんや!厩舎に入れてくれ!』って気持ちだったのかもしれません(笑)

そして11月13日には、早くも再入厩することとなりました。入厩後は、久しぶりの併せ馬なのでバテてしまうこともあったサンドジョーカーですが、それでも高橋先生のコメントはポジティブで、我々出資者のメンタルケアにも配慮がうかがえました。

徐々に調教ペースは上がり、いよいよデビューが見えてきます。「いざ出陣!偉大な父に負けない走りを見せてくれ!」と思っていた矢先、まさかのプランが発表されたのでした。

 

 

■まさかの芝1400m戦デビュー!?超良血馬と激突。

 

我々サンドジョーカーの出資者は、その多くがダート1800mあたりでのデビューをイメージしていました。

しかしふたを開けてみるとびっくり、阪神芝1400mという文字が並んでいます。

これにはもう、びっくりです。

なんていっても、彼の名前は「サンド」ジョーカー。血統からしても、ダート寄りだと思っていました。

しかし、デビューは芝。それも阪神の1400m戦です。

思わず私は『え?芝?』と、携帯の画面を見ながら声を上げてしまいました。

ですが、普段サンドジョーカーを1番長い時間近くで見てくれていた高橋先生の選択です。

絶対に悪い結果にはならないでしょうし、もしかしたら勝算もあるのかもしれないと考え、私も覚悟を決めることにしました。

私は地方在住なのですが、レース当日はたまたま大阪に行く予定のある日。ここでまた、運命を感じさせられました。

「サンドジョーカーのレースが生で見られる!」と思った矢先、職場から別の出張を合わせて命じられ、運命的なシチュエーションは無惨にも引き裂かれる事となりました。

デビュー当日、私の大阪での仕事も滞りなく進み、昼食前には終わらせる事ができまていました。一瞬「これから阪神競馬場までいくか?」と頭をよぎりましたが、次の出張の移動時間や帰りの飛行機の関係を考えて、断念。

ただ、パドックやレースに関しては、グリーンチャンネルに登録しているので「携帯で映像を見ることは出来る!」と、すぐさま切り替え、昼食がてらゆっくり出来そうな店に入りました。

昼食の注文をし、音が煩いと回りに迷惑なので、携帯をサイレントに。

グリーンチャンネルのサイトにアクセスすると、俄然「いざ、戦場へ!」という気持ちがわいてきます。

ちょうどそのときにサンドジョーカーが出走する阪神6Rのパドック映像が流れていたため、そのまま食い入るよう画面を見つめて「頑張れ……!とにかく無事に!」と心のなかで叫んでいました。

パドックでは落ち着いて歩様できているようで、私の心とは裏腹に、サンドジョーカーは静かに戦いに備えているようでした。

その佇まいは、まさにサムライそのもの。

そして私は自身が走るわけでもないのに心臓はバクバクに。

これまでも出資馬は走っていましたが、名付け親になるとこうも違うのか……などと思っていました。

サンドジョーカーは1枠1番。

最下位人気である18番人気で、レーススタートを迎えます。

先頭に立ったのは、ロケットスタートを決めた超良血馬ダブルアンコール。セレクトセールでは約4億円の値がついた期待馬です。

一方サンドジョーカーは、スタートで後手を踏みます。

それでも遅れを取り戻すように脚を使い、先団に取り付けました。それ以降、道中も折り合いを欠くことなく軽快に先行してレースを進め、最後の直線を3番手で迎えます。

粘り混みをはかるサンドジョーカー。

後方からは勢いよく各馬が追い込みをかけています。

私は昼食で店にいたため、あくまで心の中ではありますが『いけー!頑張れー!』と絶叫していました。さながら、運動会で応援する親のようだったと思います。

人気は最低人気でも、私の中では堂々の1番人気。

懸命に走る姿に、感無量でした。

最後は後ろからきた馬に差されたものの、結果は6着。掲示板は惜しくも逃しましたが、最下位人気を覆す大健闘でした。

 

 

 

■命名馬のデビュー戦を終えて。

 

レース後、サンドジョーカー自身に怪我等もなくホッと一安心。

明らかにダート血統で「芝は厳しいのでは?」という先入観を覆す可能性を示してくれました。そして、その可能性をいち早く見抜いた高橋先生の慧眼に、舌をまきました。

1度は頓挫し年内のデビューも危ぶまれた中、無事にデビューできた事で、それまで感じていたいろいろなモヤモヤも消し飛ぶ思いでした。

ゲームの世界では所有するすべての馬に自分で名前をつけることが出来ますし、簡単にデビュー戦を勝ち上がる事が出来ます。しかし、現実はそう甘くなく、それらは決して簡単ではありません。その簡単ではない挑戦こそが、一口馬主の楽しさであり醍醐味であると、私は思います。

現在、一口馬主クラブは規模を問わずたくさんあります。私は一口馬主を始めて日常が色鮮やかになりましたし、以前より社交的になったと思います。

もし今現在、一口馬主を始めようか悩んでる方がいらっしゃるなら、私個人としては「思い立ったら吉日」という言葉をおくりたいです。

生活にゆとりがあるのなら、始めたほうが楽しみも増えて良いのではないでしょうか?

どんなクラブがあるかわからない……という方は、一口馬主クラブのカタログだけでも請求するのをオススメします。ありがたい事に多くのクラブが基本的には無料で送付してくださいます。

一口馬主は苦しいことやモヤモヤすることもあります。

しかしそれ以上に、感動することや同じ出資者同士で盛り上がることもたくさんあると、心から思うのです。

 

名付け親にさせてくれたサンドジョーカーの行く末を今後も見守っていきたいと思います。

 

 

 

文・キリン

写真・Twitter名 フランflan

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