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シャケトラ〜391日後の奇跡と、次なる希望〜

 

生きとし生けるものである限り、別れは突然来る事がある。

我々人間も、競走馬も、それは変わらない。

彼の訃報も突然だった。

 

シャケトラ。

 

劇的な復活を遂げながらも、そこから数ヶ月のちにこの世を去る事となった重賞馬だ。

彼の主な勝ち鞍は2017年日経賞・2019年AJCC・2019年阪神大賞典。

しかしこの実績だけが、彼の全てではない。

391日間──この1年以上に及ぶ月日が、彼の偉業を物語る。

 

 

シャケトラは2013年3月17日、北海道の大牧場・ノーザンFで生まれる。

父マンハッタンカフェは2009年のリーディングサイアーを獲得した名種牡馬。

母のサマーハは英国生まれの輸入牝馬。半兄のMamoolはドイツのG1馬で、母や祖母も重賞馬という恵まれた血統を持つ、期待の繁殖牝馬だった。

 

シャケトラはそんな2頭の血を引きながら、すくすくと育った。

しかしそんな中、彼を悲劇が襲う。

それは、デビュー前の骨折だった。

 

骨折の影響により、シャケトラのデビューは遅れた。

彼の同世代は「最強世代」とも言われた世代。

サトノダイヤモンド、マカヒキ、ディーマジェスティ、リオンディーズ、エアスピネル……。

それぞれ眩しいほどの素質を持つ馬たちが、輝かしい成績をあげていった。

そうした活躍をあげる馬の中には、幼い時期をシャケトラと共に過ごした馬も多くいた。

 

しかし結局のところ、シャケトラはダービーまでにデビューをすることすら叶わなかったのだ。

 

 

シャケトラのデビューは2016年の6月12日。

既に新世代がダービーを目指し、戦いを開始している頃だった。

そのデビュー戦を、シャケトラは快勝。

ほとんど間を置かずに挑戦した2戦目こそ3着に敗れたものの、秋から冬にかけて連勝し、4戦3勝という戦績で3歳シーズンを終えた。

 

──思い返せば、父であるマンハッタンカフェもダービーへの出走が叶わなかった馬であった。

3歳秋に菊花賞を制覇して以降、国内では4戦3勝という戦績で引退している。

 

いずれは父のようなG1馬に……周囲の期待も高まりながらの年越しとなった。

 

 

4歳シーズン初戦・日経新春杯では、重賞初挑戦ながら2番人気に推されたものの、同世代のミッキーロケットの後塵を拝する。

しかし重賞初勝利は、すぐに訪れる。

次走に選ばれたのは、日経賞。

父のマンハッタンカフェが、菊花賞制覇後に有馬記念・天皇賞春を制覇しながらも国内で唯一敗北したレースでもあった。

 

メンバーは非常に層が厚く、前走で重賞クラスで通用することを証明したにもかかわらず、シャケトラは4番人気に収まっていた。

ベテラン勢からは、有馬記念馬・ゴールドアクターや2015年日経賞の覇者・アドマイヤデウス。

同世代からは、皐月賞馬・ディーマジェスティや、後に天皇賞春を制覇するレインボーラインらが出走していた。

 

レースが始まると、津村騎手・ヤマカツライデンがハナを主張。そのまま緩みのないペースで引っ張っていく。

それを2番手から虎視眈々と追走していた4歳馬・ミライヘノツバサが直線で先頭におどり出る。

このままいくか。

そう思った瞬間に、外からグイグイと伸びて差し切ったのが、シャケトラだった。

 

キャリアたった6戦での、古馬重賞制覇。

 

彼の目の前には希望が広がっている──そんな事を多くの人が感じるような、上り最速での重賞勝利だった。

 

 

しかし、彼はそこから連敗を喫する。

 

競馬界では「キタサンブラック旋風」が巻き起こり、G1街道を歩んだシャケトラは必然的に1つ年上のアイドルホースに何度もぶつかる事になる。

 

天皇賞春:3番人気9着(1着キタサンブラック)

宝塚記念:2番人気4着(1着サトノクラウン)

天皇賞秋:11番人気15着(1着キタサンブラック)

ジャパンC:7番人気11着(1着シュヴァルグラン)

有馬記念:7番人気6着(1着キタサンブラック)

 

5戦連続のG1出走も、掲示板に食い込んだのは1度だけ。

春には人気を集めていたものの、ぶっつけ本番で挑んだ天皇賞秋以降では低評価を受けることが多くなっていた。

「最強世代」と呼ばれた同世代も一様に不調に陥り、上記5競走は全て5歳世代が勝利している。

そして苦難の時期は、さらに続くのだ。

──2018年春、シャケトラ骨折。

 

そこから、シャケトラのもうひとつの戦いが始まった。

 

 

シャケトラが休養している間にも、多くの出来事が競馬界では起こっていた。

 

三冠牝馬・アーモンドアイの誕生。

障害王者オジュウチョウサンの平地挑戦。

武豊騎手の4000勝達成。

 

 

レインボーラインは天皇賞制覇後に怪我で引退。

サトノダイヤモンドも年末には引退していた。

そして、シャケトラを管理していた角居調教師の酒気帯び運転の容疑による調教停止処分もあった。

 

競馬界は、シャケトラがいないところで目まぐるしく動き──新しい時代の到来すら、感じさせていた。

気がつけば2018年は終わり、シャケトラは2018年を未出走で終えることとなった。

 

 

角居調教師が復帰したのは2019年1月7日。

そしてシャケトラが復帰したのはその約2週間後の1月20日──重賞・AJCCという舞台だった。

 

人気の中心は、4歳馬・フィエールマン。

偶然にも、父と同じ菊花賞馬だった。

ジェネラーレウーノやダンビュライトなど、上位人気馬はどの馬も年下。

 

6歳馬になったシャケトラは、7番人気だった。

それもそのはず──過去にこれほど長い休養期間を経て復帰戦の上昇を勝利した馬は、平成という時代にはいなかった。

 

昭和に目を向けても、約1年3カ月(461日)の期間を経てオールカマーを制覇したスズパレードのみ。

 

まずは、春に向けてどのような走りができるか……といったところだった。

 

 

しかしレースが始まると、シャケトラは好位にポジションをとる強気の競馬を展開。

そのまま直線抜け出すと、フィエールマンの追撃をアタマ差で抑えて重賞勝利を達成したのだ。

 

中391日。

 

彼の復帰を、多くの人が支え、応援し──掴み取った、輝かしい勝利だった。

重賞2勝目は、丸2年以上の時を経て、訪れたのだ。

 

そしてシャケトラはさらに、復帰2戦目の阪神大賞典を5馬身差で圧勝。

まさに、前途洋々だった。

前年に阪神大賞典を制覇したレインボーラインも、前々年に制覇したサトノダイヤモンドも、既に引退し種牡馬として次の舞台へと身を投じていた。

自身もG1タイトルを提げ、彼らと第二の舞台で戦えるはず──

 

次走に選ばれた天皇賞春は、父親も制覇した、得意の舞台。

2年前に9着と大きく敗れたリベンジを、遂に果たせるか、という時だった。

 

第1指骨の開放骨折、及び種子骨の複雑骨折。

 

2019年、4月17日。

天皇賞春の、1週前追い切りでの出来事だった。

状態は重く、決して救えるようなものではなかった。

 

すぐに、安楽死の処置がとられた。

 

 

角居厩舎は、2019年に入ってからも様々な出来事に直面していた。

アイルランドで繋養されていた名牝ウオッカが、骨折により4月に安楽死処分となったことは、競馬界に非常に大きな衝撃を与えた。

 

しかし、次なる希望もある。

シャケトラと調教をしていた3歳馬・サートゥルナーリアが無敗で皐月賞を制覇したのだ。

無敗の皐月賞馬の登場は、ディープインパクト以来なのだという。

彼自身は血を繋げなかったが──同門の後輩が次なる舞台で輝くのを、ウオッカとともに見守っているのかもしれない。

 

デビュー前の骨折、キャリア6戦での重賞初制覇。

再びの骨折。

中391日の勝利から、3ヶ月に満たない期間での突然の訃報。

なんとも激動の馬生だったと思う。

 

あの復活の走りはきっと、多くの後進のためになる。

 

彼の遺志を継ぐ馬たちの登場を、活躍を、信じて待とうと思う。

それが、彼の救いになると信じて。

 

 

シャケトラ、ありがとう。

そして、お疲れ様。

 

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文・オガタKSN

写真・RINOT