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[重賞回顧]第53回スプリンターズステークス(GⅠ)~23年分の歓喜~

 

23年前、1頭の牝馬とひとりの調教師が懸命に生死をかけて戦った。

調教中の事故で負った骨折は予想以上に重傷だった。

獣医が厳しい判断を下すも、なんとか命を助けて欲しいと調教師は食い下がった。

サラブレットが脚を痛めた場合、たとえ手術が成功したとしても、その後に厳しい状況が続くのは周知の通りだ。

24時間予断を許さない状況下に担当外の厩務員や助手たちもその戦いに加勢、見事にその馬は命を繋ぎ、無事に繁殖へあがった。

 

馬の名前はシンコウエルメス。

管理したのは藤沢和雄調教師。

彼が23年前につなぎ止めた命が、エルメスティアラから皐月賞馬ディーマジェスティを誕生させた。

やがて故郷アイルランドに帰ったシンコウエルメスが11番目に産んだスノーパインは、おなかに仔を宿し日本のダーレー・ジャパン・ファームに輸入された。

それがタワーオブロンドンだった。

 

シンコウエルメスを救った藤沢和雄調教師の元に預けられたタワーオブロンドン。

因果応報、第53回スプリンターズステークス優勝は藤沢和雄調教師に贈られたシンコウエルメスからの恩返しだったのではなかろうか。

 

タワーオブロンドンは2歳札幌でデビュー後、オープンと重賞京王杯2歳Sを勝つも、2歳チャンピオンの期待がかかった朝日杯FSは3着、3歳マイル王を決めるNHKマイルCでは12着と、重賞は勝てるが、GⅠを勝てない歯がゆい状況が続いた。

現状打破のために陣営が選んだのがスプリント路線だった。

だが、スプリント戦の流れは1400m以上のレースとは全く違う。

北海道の2戦、函館SSとキーンランドCは前半の速い流れに戸惑っている印象があった。

しかし2歳から見せていたレースセンスがその戸惑いを埋めていった。

3戦目に選ばれたセントウルSでは見事に対応、1分6秒7のレコード、2着ファンタジストにスプリント戦としては決定的な0秒5という着差をつけた。

 

最終的な1番人気ダノンスマッシュはキーンランドCでタワーオブロンドンを完封。

スプリント能力の違いを見せつけた。

しかし、春の高松宮記念では外を回って4着敗退。

この経験がこのレースのキーポイントとなる。

 

今開催の中山は野芝オンリーの超高速馬場で先行有利、となれば3番人気モズスーパーフレアにチャンス到来。

北九州記念を叩き理想的なローテで挑む。

思い切りのよさが信条の松若風馬騎手とも手が合いそうな予感があった。

超高速馬場である以上、必然的に内枠が絶対有利。

1枠2番のダノンスマッシュが最終的に1番人気に支持されたのはその影響もあったのだろう。

 

スタートを決めたダノンスマッシュは枠なりにインの中団に収まる。

先手をとったのは予想通りモズスーパーフレア。

外から生粋の逃げ馬マルターズアポジーが来るが、スプリント能力では負けない。

強気に行ったモズスーパーフレアのペースは前半600m32秒8。

自身はオーシャンSで32秒3を記録、一気に逃げ切ったことを考えれば、ほぼマイペース。

タワーオブロンドンはインの中団にいるダノンスマッシュを見る位置につけた。

中団馬群の最後尾、周りに馬がおらず、進路を自由に取れる位置取りは勝利への最短ルートでもあった。

 

4角で2番手以下の馬を縫うように2番手にあがったのは、春の王者ミスターメロディだった。

背後にいたダノンスマッシュはすぐ前にいたセイウンコウセイが4角で外に持ち出す動きに、ほんの一瞬だけ待たされ、追い出しが遅れた。

対照的にタワーオブロンドンは外からスムーズにコーナーリングで加速、直線入り口からエンジン全開で前を追う。

逃げるモズスーパーフレアをミスターメロディが捕まえにかかるが、粘るモズスーパーフレアとの差を縮められず、外から伸びるタワーオブロンドンがこの2頭に襲いかかる。

遅れてダノンスマッシュも坂下からエンジンの回転を上げ追いすがる。

坂をあがって、タワーオブロンドンが粘りこもうとするモズスーパーフレアを捕らえ、敢然と先頭に立つ。

それらを追うダノンスマッシュがモズスーパーフレアにクビ差まで迫ったところがゴールだった。

1着タワーオブロンドン、2着モズスーパーフレア、3着ダノンスマッシュ。勝ち時計1分7秒1(良)

 

 

 

■各馬短評

 

1着タワーオブロンドン(2番人気)

 

サマーチャンピオンとして初めてスプリンターズSを制した。

夏場の激走の疲れが出るのではという懸念もあったが、夏場の3戦はむしろスプリント戦への適応のための必然。

使うごとにレースセンスを磨き、本番では完璧にスプリント戦へ対応した。

中団後方のストレスがない、自由に動ける位置からライバルが馬群のさばきに手こずるスキを見逃さなかった。

自身は不利と思われた外を加速、直線で一気に伸びて逃げるモズスーパーフレアを捕らえた。

スピードレースを外から勝ったのはスプリント能力が抜けている証でもある。

 

2着モズスーパーフレア(3番人気)

 

迷わず行けよとハナを奪い、自身の力は出し切った印象。

坂を苦にしないパワー兼備のスピード馬で中山はベストの舞台。

ここは絶好機だっただけに残念。

マルターズアポジーが一瞬だけ競りかけんとした2ハロン目にややペースが上がり過ぎてしまったかもしれない。

それが最後に響いたのだろう。

 

3着ダノンスマッシュ(1番人気)

 

春は王者の競馬を展開、外からすべてを飲み込まんとして伸びきれなった。

そのときの経験は結果的には今回はアダになった。

有利ではあるが、リスクもある内枠を引き、今回は枠なりの競馬を展開。

進路がなくなるというリスクに一瞬だったが直面、追い出しが遅れた。

わずか1分ちょっとのスプリント戦において勝負どころでの一瞬の遅れは致命的。

外から動いたタワーオブロンドンに先を越されてしまい、その分を追いかけざるを得なかった。

決して力負けではない。

春の経験が秋のレースに影響した点は競馬ファンが競馬を読む上で忘れてはいけない事実である。

 

■総評

 

シンコウエルメスをつなぎ止めた藤沢和雄調教師がタワーオブロンドンでGⅠを勝利する。

美談ではあるが、単なる物語ではない。

考えさせられることがとても多い物語だからだ。

シンコウエルメスは藤沢和調教師によって救われたが、その裏には救われることない命もたくさんある。

現実的には残念ながら救われる方が少ない。

その少ないケースがこの物語を作ったのであり、ある日突然、無情にも閉ざせる物語はそれより遥かに多い。

 

タワーオブロンドン、モズスーパーフレア、ダノンスマッシュ──上位人気3頭の激闘の背後、5着好走のレッツゴードンキも讃えたい。

後方14番手からの追い込みで勝負には参加できなかったが、中山の直線で上位馬にも引けを取らない伸び脚を披露。

7歳牝馬、大きなケガもなく、GⅠ戦線を走る。本当に頭が下がる。

 

彼女にも幸せな物語が待っていることを祈らざるをえない。

文・勝木淳

写真・Hiroya Kaneko

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