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馬と人の癒える場所~ホースセラピーの場としてのTCC Therapy Park~

馬と人の歴史は、5千年も前に遡る。

農耕馬や移動の手段といったように、古来より馬は人のよきパートナーだった。

しかし馬と人の関係は時代と共に変化し、今は馬が身近な存在とは言えなくなってきている。

 

現代の日本では「馬」と言えば競馬を一番にイメージする人は少なくないだろう。

迫力あるレースを繰り広げては、力強く、時に激しく駆け抜ける競走馬がいる。

 

その一方で、穏やかな優しさで私たちを癒やしてくれる馬たちも存在する。

 

 

 

■ホースセラピーとは?

 

恐る恐る、馬の鼻面へ手を伸ばす少女。

それに呼応するかのように、優しく瞳を閉じる馬。

少女の強張っていた表情が、一瞬で笑顔に変わる──。

 

ホースセラピーの現場では、そんな光景がよく見られるそうだ。馬と人の心が通い合う、心温まる瞬間だ。

 

ホースセラピーとは、乗馬や馬の手入れなど、馬と触れ合うことで行うリハビリテーション方法のひとつを指す。

馬とのふれあいを通して、精神の安定や運動機能の向上、協調性や社会性を高めていくことが目的だ。

──という御託を並べずとも、あの馬の持っているあの優しい瞳・穏やかな息遣い……そんな馬を「見ているだけで癒やされる」という人も多いのではないだろうか。

そこにプラスして、ただ見ているだけでなく、馬をより身近に感じ、共に寄り添うことで心身を癒やす、それこそがホースセラピーの本質だ。

 

馬は本能的に、弱っている存在へ優しさを見せることが知られている。

より弱い存在を見つけ、優しく接することが出来る馬は、セラピー活動にはもってこいだ。

 

金沢乗馬倶楽部に所属するナリタシュウは、セラピーホースとして活動しながら、日々訓練を重ねている。

水溜まりを連想するビニールシートを渡る訓練は、どんな場所へ行っても対応出来るように。

耳元で鍋を叩いてみせる訓練は、急に近くで大声をあげられても動じないように。

こうした日々の積み重ねこそ、繊細で気性が荒いと言われるサラブレッドを、セラピーホースとしての活躍の道へと導いていく。

 

 

 

■セラピーの才能を持つラッキーハンター

 

ディープインパクトやオルフェーヴルのような「走る才能」を持つ馬がいるように、サラブレッドの中にもセラピーの才能を持った馬が存在する。

 

ラッキーハンターは、現役時代はどちらかといえば「走らなかった」馬だった。

しかし、セラピーの才能があることを見出され、セラピーホースとして活躍している。

 

ラッキーハンターは2013年夏、函館競馬場でデビュー。新馬戦では6着だった。

中央では13戦したが勝ち星をあげることが出来ず、地方へ移籍する。

2014年11月の大井競馬での初戦、3歳160万にて見事初勝利。

その後C2クラスで1勝をあげるも、2016年4月8日のレースで12着となったのを最後に、競走馬登録を抹消された。

通算成績は、35戦2勝。獲得賞金は500万に届かなかった。

 

 

現役時代のラッキーハンターの担当だった林厩務員は、こう語る。

 

「『馬怖い』と思っていた人もこの子(ラッキーハンター)と出会った人はきっと『馬好き』って思ってもらえるし、そこから『馬好き』が広がってくれたら」と。

 

ひとつひとつ言葉を選ぶ優しい語り口の林厩務員からは、ラッキーハンターへの並々ならぬ愛情が伝わってくる。

 

とぼけたような表情が愛らしい、ラッキーハンター。存在そのものが「癒やしオーラ」を放っているようだ。

一度ラッキーハンターと触れ合ったら、あなたもその癒やしのパワーを、その才能を、感じることが出来るだろう。

 

「ラッキーのように、走れなかったけれど人を癒やすという能力を持った馬はいると思うので、そういう馬が活躍出来れば嬉しいなと思う」(林厩務員)

 

競走馬としては活躍出来なくとも、新たな場でセラピーホースとして活躍することが出来る。

 

馬の存在意義は、走ることだけではない。

 

その命ある限り、それぞれの力を発揮できる適切な場所を探っていくべきなのではないだろうか。

 

 

■人との繋がりの大切さを教えてくれるメイショウナルト

 

もう1頭、セラピーホースを目指している元競走馬がいる。

2013年小倉記念、2014年七夕賞を制したメイショウナルトだ。

 

ラッキーハンターは「走らなかった」馬だったが、メイショウナルトは重賞2勝馬。

競走馬としての素質も持ち合わせていた。

しかし重賞2勝を経て障害に転向した後、2018年6月末で競走馬登録を抹消された。

調教中の大ケガ(左前脚浅屈腱不全断裂)で1年程度の長期休養が必要となってしまったのだ。

 

 

 

現在は療養しつつ、セカンドキャリアを探っている最中だ。

しかし、故障の様子から、競技馬としての道は難しく、セラピーホースの道が考えられている。

メイショウナルトはまだ、リトレーニングを開始してから半年。

セラピーホースとしてはまだこれからだ。

 

現在、多くの人の支援を受けているメイショウナルト。

実は、デビュー戦で手綱をとった幸英明騎手も、TCC FANSの引退馬ファンディングにてメイショウナルトの一口を持っている一人だという。

そういった背景もあり、今後は競馬の世界とホースセラピーを繋ぐ、架け橋のような存在になってくれればとの願い・期待が、メイショウナルトにはかけられている。

 

もしかしたら近いうちに、メイショウナルトと、彼を競走馬時代に担当していた人たちとの再会が果たされることがあるかもしれない。

 

──そう、このメイショウナルトが再び「栗東に帰ってくる」というのだ。

 

■ホースセラピーの場としての「TCC Therapy Park」

 

ラッキーハンターとメイショウナルト、そしてナリタシュウ。

上述した3頭は、どの馬も引退馬ファンクラブTCC FANSのTCCホースとして管理されている。

そのうち、ラッキーハンターとメイショウナルトの2頭が活躍する予定なのが、TCC Therapy Parkだ。

 

TCC Therapy Parkは栗東トレセンにほど近い場所に建設中。

ホースシェルターとして引退競走馬の一時避難場所の役割を果たす他、ホースセラピーを実際に行う場としての顔も持ち合わせている。

 

今までTCC JAPANは、PONYKIDSというホースセラピー事業を展開してきた。

そのPONYKIDSでは、主に「療育」と「レクリエーション」の分野に力を注いでいる。

支援の必要な子どもたちに、馬との非言語コミュニケーションを体験してもらい、その中での反応・成長を見守っていく、というものだ。

 

 

PONYKIDSでは現在2頭のポニーがセラピーホースとして活躍している。

白い馬(粕毛)の“一番星”通称イチ、セン6歳。

 

 

鹿毛の馬、ライト。牝28歳。

TCC Therapy Parkではその2頭に加え、いよいよ、サラブレッドもセラピーホースとして活動するというのだ。

そう、ラッキーハンターとメイショウナルトの2頭である。

 

 

TCC Therapy Parkでは、ホースセラピー用に6馬房が確保してあり、引退競走馬の活躍の場としての活用が見込まれている。

今後はホースシェルターに入った馬が、調教などを経て、ホースセラピーの馬房へ戻ってくることもあるかもしれない。

 

そう、TCC JAPANが今まで進めていた2つの流れが、ひとつになる時がやって来たのだ。

引退馬ファンクラブのTCC FANSと、ホースセラピーのPONYKIDS。

この2つが融合し、ひとつの場で活動出来ることになるのがTCC Therapy Parkというわけだ。

 

TCC Therapy Parkは、馬と人が関わる、新しい「場」の誕生と言えるだろう。

 

■引退競走馬の一時避難場所「TCC Therapy Park」

 

TCC Therapy Parkには2つの顔がある。

ホースセラピーの場としての顔。

そしてもうひとつが、ホースシェルターとしての顔だ。

 

 

突然だが、競走馬を厩舎に置いておくために、どれほどの金額が必要になるか、ご存知だろうか?

 

「競走馬が1日厩舎に残っているだけで、約2万円かかります」

 

その一言は、あまり表に出てこない事実を突きつける。現役の調教師である角居先生の言葉であるから、これが現実なのだと、心に響く。

 

引退馬の行き先が決まるまでは、時間がかかることが多い。牡馬で去勢をする猶予も必要となると、1ヶ月はかかるだろうか。

1ヶ月を30日として、1日あたり2万円……単純計算で1ヶ月60万という額に及ぶ。

それは、現役競走馬ではなく、今後賞金を稼ぐことのない引退競走馬の行き先が決まるまでの、60万である。それだけの金額を支払うことは、なかなか厳しいのが現実だと言わざるを得ない。

 

今日故障したとしたら、明日出ていかなければならない。

行き先が見つからないまま、厩舎を追われるように出ていかなければならない。

──それが、引退競走馬に待っている現実なのだ。

角居調教師の語る淡々とした口調からは、現実の重さが伺い知れる。

 

そうした行き場のない競走馬たちが行方不明となる前に、それを一旦回避するための場所として、TCC Therapy Parkは建設される。

 

TCC Therapy Park建設には、「日本初のホースシェルターを作ろう」という合言葉がある。

「ホースシェルター=引退競走馬の一時避難場所」として、ホースシェルターへ引退馬が一旦入厩することで時間を稼ぎ、その間に今後のセカンドキャリアを模索していこうという考えだ。

 

「次の新しい世界への扉が──待ってもらえる猶予が、ここで作ってもらえるというのが、一番の魅力だなと思います」(角居調教師)

 

引退競走馬の受け皿として期待されるホースシェルター。

 

準備されるのは4馬房ではあるが「1頭でも多くの馬をセカンドキャリアへ」という想いを現実のものとするためには、大きな一歩だと言える。

 

■「Save the Horses Campaign」チャリティーパーティー@京都

 

TCC Therapy Parkを支援するクラウドファンディングを「Save the Horses Campaign」という。

合言葉「日本初のホースシェルターを作ろう」に賛同した人たちが、支援という形で参加しているこのキャンペーン。

支援者数は現在300名を超えている。

 

角居調教師はこの「Save the Horses Campaign」の京都でのチャリティーパーティーに参加されていた。

上述の角居調教師や林厩務員の発言は、このパーティー内で発せられた言葉だ。

 

パーティーでは角居調教師・林厩務員の他、馬の学校・馬事学院(バジガク)の野口代表、京都記念を勝利したダンビュライト担当の濱田助手、(株)アイプランの岩松代表が、馬へのそれぞれの想いを語った。

他にもトレセン関係者が何人も集まり、それぞれ思い思いに交流を重ねていた。

実際に競走馬を扱うトレセン内部でも、引退馬支援への関心が高まっていることが伺える。

 

また、角居調教師は引退馬支援と関連して、ホースセラピー活動にも力を入れている。

京都パーティーの日も、昼間はNPOピスカリ主催のセラピーホースについてのシンポジウム「馬は理想のセラピスト」に登壇されていた。

 

こちらのシンポジウムには、PONYKIDS代表、角居厩舎のメンバーも参加し、そのままの流れで京都のチャリティーパーティーへ参加した人も多かった。

 

前月に東京でも開催されていたチャリティーパーティー。

 

京都でもジオファーム八幡平の「ベルーフマッシュ」を使用した料理が振る舞われた。

こちらはマッシュルームをスライスしたサラダが人気で、パーティー終了前にすっかり空になっていた。

ビンゴ大会では東京に引き続き、福永祐一騎手、YGGオーナーズクラブが景品を提供。

更に、角居調教師をはじめとするトレセンのメンバーからも貴重な景品の提供があり、盛り上がった。

 

 

■「Save the Horses Campaign」から広がる引退馬支援の輪

 

そんな京都でのパーティーも盛況のうちに閉幕となり、次回はいよいよ栗東に完成するTCC Therapy Parkでのレセプションパーティーが開催予定だ。

着々と工事も進んでおり、その様子はTCC JAPANのTwitterで知ることが出来る。

TCC Therapy Parkの完成を、その先にある引退競走馬のこれからを、共に見守ることが出来るのはこのキャンペーンならではだろう。

 

 

 

こちらはパーティーの間に、画用紙にそれぞれのメッセージを書いてもらい、それを持った姿を写真に収めたものだ。

こうして写真を眺めてみると、ひとりひとりが自分なりの引退競走馬への、馬への想いを抱いていることがわかる。

 

その想いは決して、全員がぴったり同じというわけではない。

それでも、全員が同じ方向を見ているのだと、私には感じられた。

そして、その方向こそが「日本初のホースシェルターを作ろう」という言葉に集約されるような気がしてならないのだ。

 

 

■小さくても、まずは一歩を踏み出すこと

 

パーティーに参加した、ダンビュライト担当の、Twitterではお馴染みの「ワクワクさん。」こと、濱田助手。

 

実は濱田助手のご長男はハンディキャップを抱えられており、養護学校に通われている。

しかし、濱田助手の担当馬と触れ合っているときの笑顔や、馬のことを語るときは落ち着いていて穏やかだという。

濱田助手はそういう現実を見てきて、ホースセラピーへの可能性を感じられているようだった。

今回、京都でのパーティーに参加したことについては、こう語られていた。

 

「小さなことでもいいかな、と僕自身思いまして。小さくても、一歩を踏み出さないと駄目なんで」

 

意識を持って、問題と向き合い、一歩を踏み出す。

その難しさは、確かにあるかもしれない。

──けれど、踏み出す一歩は、何だって構わないのだと、私は思う。

募金箱に小銭を入れることも、友人に引退馬の話をしてみることも、紛れもない「一歩」だ。

そしてその踏み出した一歩の分は、必ず前進出来るはずだ。

 

ひとりひとりの想いを繋いで、大きな力に変えていく……それにはまず、小さくてもいい、確かな一歩が必要だ。

 

その一歩が、多くの競馬ファンのあいだで巻き起こっていくことを、切に願う。

 

 

「Save the Horses Campaign」サイト

https://campaign.tcc-japan.com/

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文・笠原小百合

写真・TCC JAPAN、ウオッカ嬢、本庄將人(marc)